エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【332】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2015年12月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めてくらしたい
テレビのバラエティ番組などで、蘊蓄(うんちく)言いたがりの芸能人が、例えば「△△の発祥は実は××県なんですよ」なんて言うと、昨今は、すかさず「※諸説あります」というような字幕が画面の端っこに表示される。
別の県の関係者や、△△発祥地として町おこしをしている他の地域の人たちなどから苦情が寄せられたりするのだろう。
ところで、漢和辞典を眺めていると、漢字の成り立ちの説明(解字)が辞書によって異なる例にたびたび出くわす。
国語辞典については、『新明解国語辞典』(三省堂)の語釈がユニークだという話題が赤瀬川原平の『新解さんの謎』(現在は文春文庫)のヒットによって、辞書好きだけでなく一般の人にも広がるとともに、語義の説明は辞書によって違うという認識も広まった。
が、漢和辞典の解字の場合、国語辞典のように辞書によって説明の表現が多少異なるという次元の話ではなく、もう、言ってることがまったく違うことがある。言わば、「諸説あり」の宝庫だ。
漢字の成り立ちの解説書は生徒の学習用だけでなく雑学ネタとしても需要が高いようで、一般読者向けも多数出ている。
その中でも、白川静の解字に関する本は特に人気があるようだ。
白川本の愛読者の中には、「諸説あり」という認識などまったくなさそうなドヤ顔で漢字の成り立ちを同席者に語って聞かせる人がいる。呑み屋で。カフェで。
あるいは、これまでの諸説(中国の学者の説も含め)を覆して数々の字源の真実を解明、日本でその体系を打ち立てた孤高の学者だと、これまた呑み仲間を相手に一杯やりながら評価を力説する人がいたりと、白川静には、どこかカリスマ的な魅力があるようだ。
少し皮肉めいた書き方をしてしまったが、実は私も白川静の著作を読むのは好きだ。
今どきの流行りことばで言えば、彼が示す「世界観」を面白いと思う。
また、それを形成し、支える膨大な個々の要素の研究(私に理解、評価する能力はないが)には驚くばかりだ。
しかし、解字においては、白川説も諸説の中の一つに過ぎない。
あるいは、一つの「作品」。諸説の中での位置づけを考える意識は失わないほうがいい。
それに、そのほうが、漢字をさらに何倍も楽しむことができるのではないだろうか。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)