エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【330】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【330】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めてくらしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2015年10月1日号の掲載記事です。

本だけ眺めてくらしたい

村上春樹の最新刊の初版十万部のうち、九万部を紀伊国屋書店が出版社から直接、買占めたという報道があった。
アマゾンなどのネット書店に対抗する挑発的な戦略だ。
業界の新たな動きの背景として、ネット書店の台頭、街の書店の減少、若者の読書離れを報道機関は挙げる。

「若者の」が余計であるのは毎度のこと。
文化庁の統計を見ればわかることなのに、枕詞のように「若者の」がいつも付け足されるという指摘もまた毎度のことだ。
そもそもこの「若者」の定義が不明であるが、こちらも同様にイメージで言えば、書店の立地や時間帯、平日か休日にもよるが、大型店ならむしろ若者のほうが多いという印象がある。

実際、書店のレジで袋に入れられる広告は、資格試験や英会話など、若者向けが多い。
かつては今で言う婚活の広告がよく入っていたものだ。
だから「若者の読書離れ」なんて原稿を書く記者は書店にあまり行かない、買わない人ではないかと想像してしまう。

ところで、タクシー事業が規制緩和された頃のこと。増車や新規参入が相次ぎ、業界は過当競争に陥って個々の運転手の売り上げが減少、生活が困窮……という報道が盛んにあったが、記事を書いた大手新聞社のエリート記者は、求人欄など見ることがないのだろうなと私は想像した。
新聞の求人欄を毎朝眺めていれば、タクシー業界が何十年も慢性的に労働者不足であることがわかる。
そこに増車や新規参入をしても、業界全体の運転手数が増えなければ客の奪い合いは激化しない。
運転手が会社を移ることはあっても。
つまり、規制緩和の是非は別にして、報道が言う意味での「過当競争」で売り上げが減少したのではなく、別の様々な理由の複合によって、もともと右肩下がりであった売り上げが、引き続き減少しているだけだったと見なすことができる。

書店に入ったときの実感、求人欄を見ているときの実感、それら日常の個人的な実感がまずあって、調べ(報道機関なら取材し)たり、資料や書物によって、自らの偏った実感を修正したり、裏づけたりを繰り返しながら私たちは世界を認識していくのではないか。
いつからか、出発点としての日常の実感がない、呪文のような言葉や議論が垂れ流され消費されているように感じる。
(筆者注:タクシー事業に関する見解はMKさんとは関係ありません)

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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