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全行程35km!京都で毎年8月22日,23日に行われる「六地蔵巡り」を徒歩での踏破に挑戦

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毎年地蔵盆を前にした8月22日23日には、京都郊外に点在する6ヶ所のお地蔵さん巡拝する「六地蔵巡り」が行われます。
800年前から続くとされる京都の伝統行事で、家内安全・無病息災のご利益があります。

京都郊外の六地蔵を全て巡拝すると、総距離は35km。この距離を昔の京都の人たちは一日かけて巡り歩いていたのです。

現代において、歩いて六地蔵巡りをしようなんていう人は稀でしょうが、昔の京都の人の気持ちを理解すべく、2016年に徒歩での六地蔵踏破に挑戦しました。
距離はともかく、この時期の京都における最大の敵は「暑さ」です。

 

 

六地蔵巡りとは

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六地蔵巡り
小野篁の彫った六体の地蔵菩薩像がはじまり

昼は朝廷に出仕し、夜は閻魔大王の元へ出仕していたという伝説で有名な小野篁(おののたかむら)が自刻した六体の地蔵菩薩像を伏見地蔵(大善寺)に祀ったのが始まりです。
12世紀中ごろに、平清盛が六体の地蔵菩薩像を、京都への出入り口にあたる六ヶ所に分置したのが六地蔵巡りのはじまりと伝えられています。

京都に邪悪なものが入ってくるのを防いでくれるお地蔵さん

日本では、村に疫病や邪悪なものが入ってくるのを防いでくれる、塞の神(さいのかみ/さえのかいみ)への信仰が古くから根付いています。
全国各地で様々な神仏が賽の神として祀られてきましたが、京都近辺ではお地蔵さんが賽の神としての役割を担っています。
そのため、六地蔵は京都へと入っている街道の要所六ヶ所に置かれています。

家内安全・無病息災を祈る伝統行事

800年前からはじまったという京都の六地蔵巡りですが、京都の庶民の間で盛んに行われるようになったのは室町時代頃からです。今も家内安全・無病息災を祈る伝統行事として京都では多くの参拝者を集めています。
京都にならって東京でも同様の六地蔵巡りが行われています。

おまけ:もうひとつの六地蔵「洛陽六地蔵巡り」

京都には、小野篁に由来する六地蔵巡りとは別に「洛陽六地蔵巡り」というのも存在します。
これは京都でご利益のある名高い六ヶ所のお地蔵さんを回るというものです

  • 矢田寺  代受苦地蔵(だいじゅくじぞう)
  • 西光寺  腹帯地蔵
  • 仲源寺  目疾地蔵(めやみじぞう)
  • 安祥院  日限地蔵(ひぎりじぞう)
  • 新善光寺 御影堂地蔵
  • 壬生寺  縄目地蔵

六道を回って衆生を救うお地蔵さんは六体でワンセットです。
六地蔵巡りとは構成も由来も全く別物です。こちらは京都の中心部にまとまっているので、一日で簡単に回れそうです。

 

① 山科地蔵へ

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6:36
早朝の山科駅から時計周りに巡拝

京都の六地蔵巡りには特に順番は定められていません。時計周りでも反時計周りでも、バラバラでも問題ありません。
一般的には、第一番札所である伏見地蔵(大善寺)から第六番札所である山科地蔵(徳林庵)まで時計回りに巡拝することが多いようです。
今回は、京都では気温35度を超えると予報されている暑さ対策のためできるだけ太陽を背にした状態で歩けるように、山科駅を起点として伏見地蔵(大善寺)から時計回りに巡拝します。

今年一番の暑さ朝・・・先が思いやられる

できるだけ涼しい朝のうちに距離を稼ぎたいところです。しかし、今朝の京都の最低気温は2016年でも最高の27.8度を記録。
よりによって2016年でも最も暑い朝のスタートとなりました。出発の時点で28度を超えており、先が思いやられます。

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東海道を守る山科地蔵(徳林庵)

京都と各地を結ぶ街道沿いに設けられている六地蔵。
中でも山科地蔵(徳林庵)は、京都と江戸を結ぶ最重要ルートである東海道沿いにあります。今もすぐ北側を東海道本線(琵琶湖線)が通ります。
山科駅のすぐ南側を江戸から京都へと結ぶ旧東海道を東へと進みます。

② 山科地蔵(徳林庵)


夜は大賑わいの山科地蔵(徳林庵)も朝は閑散

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6:43

ほんの0.5km歩くと山科地蔵(徳林庵)へと到着です。
夜にはずらりと夜店が並び賑やかになりますが、さすがに朝は閑散としています。
六地蔵とひとまとめにされる六ヶ寺ですが、宗派はばらばらです。山科地蔵(徳林庵)は臨済宗南禅寺派の寺院です。
宇治拾遺物語で「四宮河原地蔵」として登場するお地蔵さんがこの山科地蔵です。

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夜の山科地蔵前

夜は旧東海道にずらりと夜店が並び、大いに賑わいます。
六地蔵でも随一の盛り上がりです。

地獄に落ちても救ってくださるありがたいお地蔵様

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「六ツの辻四ツのちまたの地蔵尊 道ひきたまへみだの浄土江」という扁額がかかっています。
極楽浄土(みだの浄土)へ往生できず地獄道を含む六道をさまよう人々を救ってくれるありがたい仏様がお地蔵さんです。

③ 山科地蔵→伏見地蔵

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山科地蔵→伏見地蔵

続いて、伏見地蔵(大善寺)へと向います。
約9kmの道のりを南へと進みます。山科地蔵(徳林庵)は六地蔵の中でもやや離れた位置にあり、鞍馬口地蔵(上善寺)から山科地蔵(徳林庵)までも約10km離れています。

いつかは内部を見学したい京都刑務所

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幸いにも晴れたり曇ったりの天気で、まだそれほどの暑さではありません。
途中にいろいろ紹介したいスポットがあるのですが、まずは京都刑務所。

この高く白い壁が印象的です。
これだけを見ると周囲とは全く隔絶された施設のように見えますが、毎年10月末に開催される矯正展では、内部の見学もできます。
収容されるのは真っ平御免ですが、刑務所の中がどうなっているのかは興味津々なので、いつか見学に行きたいものです。

1927年にこの地に移転してきた京都刑務所ですが、移転計画が進んでいます。
刑務所というといわゆる迷惑施設と考えてしまいがちですが、受刑者の社会復帰に向けて長年にわたり地域住民との交流を積み重ねてきたため、地元でも賛否両論あるそうです。  「罪を憎んで人を憎まず」という教えが身に沁みます。

旧奈良街道沿いに並ぶ古寺名刹

ここからは、昔の人が通ったであろうルートである旧奈良街道沿いに南へと向います。
京都に奈良街道という名称の道は複数ありますが、この山科から六地蔵へと至る奈良街道は東海道から分岐し、六地蔵を経て宇治から奈良へと向かう街道です。
原形は奈良時代に平城京と北陸を結んだ北陸道にまで遡ります。

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8:22

まだ8時過ぎですが、早くも京都の気温は30度を突破しました。時折日が陰るものの、太陽が燦々と照りつけます。

旧奈良街道沿いには随心院、醍醐寺など名だたる京都の名刹が軒を連ねます。

京都一の大きなお地蔵さんがいらっしゃる善願寺

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六地蔵ではありませんが、高さ2.68mもある京都随一の丈六(じょうろく)地蔵大仏といわれる大きな地蔵菩薩坐像がある善願寺。
仏師・西村公朝が生きているカヤの幹に一日で彫りあげたという「榧(かや)の木不動尊像」も有名です。
ただし拝観には予約が必要なので、今回は前を通っただけです。

さらに旧奈良街道をカツラダ電機商会前を経て緩やかな下りを南西へと進みます。

④ 伏見地蔵(大善寺)

9時台から早くも気温は30度超え

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9:32

六地蔵にある伏見地蔵(大善寺)へと到着。
スタートから約10kmの道のりを歩いてきました。京都の気温は31度とじりじりと上がっており、湿度も60%と気温以上に蒸し暑さがつらいです。

六地蔵という地名からもわかるとおり、六地蔵の六ヶ寺の中でも中心的存在で「六地蔵巡りの根本道場」とも称され、第1番札所に挙げられています。
京都十三仏霊場でも地蔵菩薩の霊場として第5番札所にもなっている浄土宗の寺院です。

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現在、伏見地蔵(大善寺)があるのは京都市伏見区桃山です。一方で伏見地蔵(大善寺)の東には宇治市六地蔵という地名が広がります。江戸時代までの六地蔵村は、伏見地蔵(大善寺)付近まで広がっており、今の京都市と宇治市にまたがっていました。

奈良街道を守る伏見地蔵(大善寺)

伏見地蔵(大善寺)は、京都と宇治、大和方面を結ぶ奈良街道を守る位置にあります。 

秀吉の伏見築城以降は、伏見から観月橋を越えて直接奈良とを結ぶルートがメインになりましたが、それまでは京都の南の玄関口の位置にありました。

⑤ 伏見地蔵→鳥羽地蔵

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伏見地蔵→鳥羽地蔵
六地蔵巡りの最難所、桃山丘陵の山越え

墨染通を西へと進み、城南宮から千本通(鳥羽街道)を経て鳥羽地蔵(浄禅寺)へと向います。
約7kmの道のりです。

今は京都市内から宇治へと向かうには、概ねJR奈良線に沿ったルートが普通ですが、秀吉の伏見城築城までは、桃山丘陵の南側を乱流する宇治川を避けるため、桃山丘陵を越えるルートがメインでした。

かつて京都と宇治を往来した平安貴族らもたどっていたルートです。

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六地蔵から八科(やしな/やつしな)峠まで、標高差80mを一気に登ります。
京都盆地をぐるりと回る六地蔵巡りのルート上では、蹴上と山科を結ぶ日ノ岡峠よりは低いですが、傾斜はここが最もきついです。
ちょうど日が陰ってくれているのでましではありますが、暑さに苦しみます。

80mの急登を終えて峠で一息

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標高98mの八科峠へと到着。
このあたりも伏見城の一角であり、秀吉の時代にはこのあたりにも大名屋敷が軒を連ねていました。
伏見城は、晩年の秀吉が政権を置いた日本の首都でした。
巨大なかつての伏見城の一角をかすめる

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桃山丘陵の南端に築城された伏見城は誰が見ても丘陵が続く北側が弱点です。
そのため北側には巨大な堀がほられ、今も伏見北堀公園として残っています。
新選組の終わりの始まりの地

桃山丘陵を下りきると、墨染へ。

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さらに西へと進むと、真新しい石碑を発見。
ここで鳥羽伏見の戦いの直前に局長の近藤勇が銃撃されて負傷しました。
鳥羽伏見の戦いでは、代わって土方歳三が新選組を率いて戦いましたが、局長が不在というハンデは大きく、かつて京都で恐れられた新選組でも戦況を変えることはできずに敗退しました。

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10:50

城南宮道を西へ進み、城南宮へと到着。京都の南を守る神社です。
京都の気温は32度とさらにじりじり上がっています。今日は概ね東風が吹いているため、追い風になっているのが救いです。
城南宮は、承久の乱、戊辰戦争と日本の歴史を変えた戦いに二度にわたって関わりのある神社です。

天下分け目の決戦がここで始まる

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11:13

城南宮からさらに西へと進み、千本通(鳥羽街道)へと入ったところに、「鳥羽伏見戦跡」の碑があります。
南から京都へ入ろうとする旧幕府軍と薩摩藩が衝突したことが、日本全土での戦乱となった戊辰戦争の始まりです。
千本通(鳥羽街道)を、鳥羽地蔵(浄禅寺)へと向けて北へ進みます。
暑いですが、太陽を背にすることで、ややましになります。 

⑥ 鳥羽地蔵(浄禅寺) 

 

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11:12

3つ目の鳥羽地蔵(浄禅寺)へと到着。
スタートから累計約17kmです。六ヶ寺中三つ目なのでようやく折り返し地点です。

千本通(鳥羽街道)を守る鳥羽地蔵(浄禅寺)

鳥羽地蔵(浄禅寺)は、京都と大阪を結ぶ千本通(鳥羽街道)を守る位置にあります。
京都と大阪を結ぶ重要街道であった京街道は、淀で二手に分かれ、伏見を経て本町通を経由して京都へ入る東側ルートと、真っ直ぐ北へ向かい千本通から直接京都へと入る西側ルートがありました。
「恋塚」にまつわる伝承も伝わる浄土宗の寺院です。

猛暑に負けないよう水分補給

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「地蔵地下水」という水を飲み、猛暑に負けないように水分補給。
ルート上にはいたるところに自販機があり、コンビニ等も多数あるので水分補給には困りませんが、やはりこういう水が一番おいしく感じます。

⑦ 鳥羽地蔵→桂地蔵 

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鳥羽地蔵→桂地蔵

昔の人が鳥羽地蔵(浄禅寺)から桂地蔵(地蔵寺)へどのルートを通ったかはよくわかりません。
桂川を渡る橋は久世橋と桂橋があったので、
・鳥羽地蔵(浄禅寺)から西へあぜ道等を辿りながら久世橋へと出て、桂川西岸の堤防沿いに北上して桂地蔵(地蔵寺)へ
・千本通をそのまま北上し、七条通(山陰街道)を西へと進んで桂大橋を経て桂地蔵(地蔵寺)へ
という2つのルートが想定されます
後者のルートであれば昔から整備されて歩きやすかったでしょうが、明らかに遠回りなので、今回は最短ルートである前者のルートを辿ります。
桂地蔵(地蔵寺)までは約5kmの道のりです。

西国街道の守りは鳥羽と桂でカバー

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12:08

久世橋で桂川の西岸へと渡ります。
下流側の新久世橋と上流側の久世橋の二本が並んでいます。今の久世橋は1954年、新久世橋は1973年の架橋です。
ここも京都と西国諸国を結ぶ大動脈である西国街道が通る要衝ですが、六地蔵は置かれていません。鳥羽街道からも山陰街道からも近いので、強力な鳥羽地蔵と桂地蔵の力で西国街道もカバーしているということでしょう。

⑧ 桂地蔵

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12:55
ついに35度超の猛暑日に

京都の気温はついに35度を越え、猛暑日となりました 。
天気予報どおりなので、想定の範囲内ではあります。あと1時間ほどが暑さのピークで、それさえ我慢すればあとは何とかなるはずです。
スタートからここまで累計22kmです。

山陰街道を守る桂地蔵(地蔵寺)

桂地蔵(地蔵寺)は京都と丹波、山陰地方を結ぶ山陰街道を守る要衝に位置する浄土宗の寺院です。
地蔵寺とはいいながら、本堂に祀られている本尊は十一面観世音菩薩です。
まだ真新しく見える本堂ですが、2007年築なので意外と時間は経っています。

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2007年までは地蔵盆にあわせて桂六斎念仏が奉納されてきました。
何度も休止と復活を繰り返しながらも伝承されてきた桂六斎念仏ですが、今は休止中で残念です。

⑨ 桂地蔵→常盤地蔵  

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桂地蔵→常盤地蔵

桂地蔵(地蔵寺)から常盤地蔵(源光寺)へは、桂川の西岸を北へと進み、上野橋(かみのばし)で梅津へと渡り、梅津街道を北上して広隆寺を経由します。
ほぼ一直線に近い、約5kmの道のりです。

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13:41

上野橋で再度桂川を渡り、梅津街道を北へと進みます。
今の上野橋は、1975年の架橋です。

国宝第1号の広隆寺

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14:05

梅津街道のドンツキにあるのが、603年創建と伝えられる京都最古の寺院である広隆寺。
弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)は京都どころか日本を代表する仏像としてあまりにも有名です。

ここから北へと東映太秦映画村のど真ん中を突っ切る細い道を進みます。
映画村の入館者がしょちゅう横切りますが、敷地内に入るときには検札があります。

 

⑩ 常盤地蔵(源光寺)

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14:28
暑さのピークの14時台。もう少しの我慢

一日で最も暑い時間帯です。引き続き35度前後の猛暑が続きますが、もう少しのがまん。そろそろピークはこえつつあるはずです。

ついに5つ目の常盤地蔵(源光寺)へと到着しました。
スタートからここまで累計27kmです。

下立売通を守る常盤地蔵(源光寺)

常盤地蔵(源光寺)は、京都から嵯峨方面へと続く下立売通を守る位置にあります。
嵯峨からさらに八丁峠を越えて亀岡方面へと抜けることもできますが、主要街道とは言い難く、六地蔵の中では最も重要度の低い場所にあります。
もう1kmほど北にあり、京都と高雄から京北方面とを結ぶ周山街道を守る位置にあれば、より効果的に外から来る疫病などを防げるのですが。

 

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源義経の母、常盤御前による創建ともいわれる臨済宗天龍寺派の寺院です。

ところで、常盤地蔵(源光寺)をはじめ、地名はほとんど「常盤」ですが、小学校や学区名は「常磐野(ときわの)」です。なぜ「盤」と「磐」の漢字が併用されているのでしょうか。

⑪ 常盤地蔵→鞍馬口地蔵

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常盤地蔵→鞍馬口地蔵

いよいよ六地蔵巡り最後の鞍馬口地蔵(上善寺)へと向います。
ここからは下立売通か一条通を東へと進んで洛中へと入り、あとは東北方向に適当に進めば鞍馬口地蔵(上善寺)へと到着します。
今回は京都御苑にぶつかるまで下立売通を東進するルートを選びました。
鞍馬口地蔵(上善寺)までは8kmの道のりです。 

京都刑務所の前身があった竹林寺

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16:30

今は北野中学校の一部に残るだけですが、御土居を越えて洛中へと入ります。これまでは終始洛外を歩いており、ここではじめて洛中へと入りました。

16時を越えましたが、まだ京都の気温は35度前後です。
この日の最高気温35.6度というのは、最近の京都ではよくあるレベルですが、この時間になってもまだ35度前後というのはそう多くはありません。
引き続き東風が吹いているので逆風なのもつらいところです。

竹林寺には、生野の変などで有名な維新志士、平野国臣らの墓があります。かつてこのあたりには六角獄舎があり、蛤御門の変の際に逃亡を防ぐために斬首されました。
この六角獄舎が、のちに山科の京都刑務所になりました。 

雲一つない快晴にじりじり照りつけられる

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お昼過ぎまではそれなりに雲もあり、時折太陽も雲に隠れてくれたのですが、夕方になると雲一つない天気に。
京都の気温は35度前後で変わりませんが、痛いほどの光が降り注ぎます。既に17時前というのに、体感温度が今日でも一番です。  

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17:13
想定外!気温が下がらず17時なのに気温35度!

暑さに苦しみながら、突き当たりの京都御苑へと到着。
最高気温は予報どおりでしたが、夕方になってもこの暑さは全くの想定外です。
涼しくなるはず、という予想が外れ、精神的にも削られます。

ここから烏丸通りを北へと進みます。

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17:34

雲一つないお天気のなか、京都五山のひとつである相国寺の境内を突っ切り北へと進みます。

⑫ 鞍馬口地蔵(上善寺) 

暑さにへばりながら六ヶ所目に

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17:58

暑さにかなりへばりながら、ようやく六地蔵最後の鞍馬口地蔵(上善寺)へと到着。
スタートから累計35kmです。
この時間でまだ京都の気温は驚異の33度。

鞍馬街道を守る鞍馬口地蔵(上善寺)

鞍馬へと続く鞍馬街道を守る位置にある浄土宗の寺院です。
鳥羽地蔵(浄禅寺)も同じ「じょうぜんじ」という読みでしたが、偶然の一致です。

六地蔵のうち、この鞍馬口地蔵(上善寺)だけが洛中に位置します。京都への出入り口に置かれるはずなのに、内側にあると賽の神としての意味がないのでは?という疑問を感じますが、これには理由があります。
本来、鞍馬口の地蔵は上善寺ではなく深泥池に置かれていました。深泥池なら洛外の鞍馬街道を守る位置にあるので、他の六地蔵と条件は変わりません。
それが廃仏毀釈の影響で、明治に入って上善寺へと移されてきたのです。
上善寺自体も秀吉の京都改造より前は千本今出川にありました。
なお六地蔵を手放した深泥池では、その後火事が相次いだため、新たに深泥池地蔵が再興されました。

⑬ 鞍馬口地蔵→山科地蔵

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鞍馬口地蔵→山科地蔵
予想を超える暑さの前に、ついに心が折れる

さて、これで六地蔵巡りを全てコンプリートしました。
もともとの予定では、鞍馬口地蔵(上善寺)から出発地である山科駅へと戻り、一周することで完結する予定でした。
しかし、18時を越えてもなかなか下がらない気温、今だ痛いほど照りつける太陽・・・。今回は断念し、六地蔵を全て回ったことで満足したいと思います。

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18:15

最寄の地下鉄烏丸線鞍馬口駅へと戻り、今回の六地蔵巡りを終了とします。
出発が6:36、終了が18:15なので、約12時間/35kmの道のりでした。

六地蔵巡りはタクシーがおすすめ

六地蔵巡りを全行程歩いて行くなんてことは、決してお勧めしません。
今回は鉄道を利用し、山科駅発の鞍馬口駅着としましたが、昔の人は、当然自宅から出発し六地蔵を回って自宅へと全行程を歩いて戻っていたはずです。 
単に距離的な問題であれば、自宅往復として10kmを加えた45kmを歩くことはそう難しいことはではありません。フルマラソンよりも長い距離ではありますが、普通に歩ける人であれば、時間さえかければ歩ききることは可能です。

しかし、暑さはどうにもなりません。よほど暑さに強く、根性もある人でないと、この暑さのなか45kmも歩ききることは難しいです。昔の人はすごいです。
ただし、六地蔵巡りの途中では、京都のいろんな神社仏閣、史跡名勝などを巡ることができるため、飽きることはありません。どこに行っても何かがあるという京都の底力を改めて感じます。

では、現代において六地蔵巡りをするのに一番おすすめと言えば、観光タクシーです。

鉄道やバスでは乗り換えが大変だし巡拝感が微妙

鉄道やバスでも巡ることはできますが、六地蔵は京都を取り囲むように点在しているため、公共交通だとかなりの回数の乗り換えが必要になります。
猛暑のなかでは何度も乗り換えをするだけでもかなりの体力を消耗してしまうでしょう。
その点、観光タクシーなら移動中は涼しい車内で過ごすことができます。六地蔵巡りの行われる8月22日23日には大きな道路への交通規制はなく、渋滞に巻き込まれる可能性も低いです。

また鉄道やバスでは点と点を結ぶだけになってしまいます。
京都をぐるっと取り囲む六ヶ所を巡拝するところに価値があるのが六地蔵巡りです。やはり線で巡らないと達成感を感じにくいという点は否めません。巡拝の途中に出会ういろんな寺社や史跡も完全スルーです。

マイカーは駐車場が大問題

ではマイカーはどうかというと、駐車場問題が立ちはだかります。
六地蔵の各寺院は、元々小さなお寺でろくに駐車場もありません。一年で8月22日と23日だけたくさんの人が集まるので、完全にキャパオーバーになります。
仮設駐車場を用意しているところもありますが、多くの場合は近隣のコインパーキングを求めてさまようことになります。
限られた駐車場は、高齢者や障害者などのために譲るべきでしょう。

観光タクシーであれば、そんな懸念は必要ありません。参拝中は待たせておけば良いだけです。

流しのタクシーはつかまりにくい

流しのタクシーを乗り継いで回ることもできますが、六地蔵は京都でも比較的郊外にあるため、流しを捕まえるのは難しい場合が多いです。
六地蔵の参拝はそれほど時間がかかるものではなく、滞在時間も短めなので、参拝中も待機してくれる観光タクシーが最も効率よく回ることができます。

やっぱり観光タクシーがベスト

観光タクシーなら六地蔵巡りがこんなに便利で快適

  • 乗り換えいらずで涼しく快適な移動
  • 六地蔵を効率よく短時間で回れるので、多人数だと案外リーズナブル
  • 京都をぐるっと回る達成感あり
  • 途中の車窓の観光案内もお任せ

次回六地蔵巡りをするときは、観光タクシーを利用させていただきます。

観光貸切タクシーの詳細はこちら 

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