フットハットがゆく【267】「とある日の日記より」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、塩見多一郎さんのエッセイ「フットハットがゆく」を2001年11月16日から連載しています。
MK新聞2016年2月1日号の掲載記事です。
とある日の日記より
湯けむり立ち、岩がごつごつとぐるりを囲む、広い天然露天風呂温泉にゆっくり浸かっていい気分でおりますと、さっと風が吹いて湯けむりの向こうに、10歳くらいの少女が浸かっているのが見えまして、目で訴えてくるに、のぼせて立ち上がれないから助けてほしい、と感じましたので、湯の中をざぶざぶ歩いて近づいて見ますと、やはり真っ赤な顔でのぼせて動けそうになく可哀想だったので、ひょい、ざばぁ、と抱え上げて助けようとしましたが、その子が岩のように重くてうんともすんとも持ち上がりません。
ふと見ますと、それは人でも少女でもなく温泉に転がる子ども大のまさに岩でありまして、こりゃ参ったこんなものは持ち上がるまいと思ったとき、風がまた吹いて湯けむりが一斉に飛び散ったところ、見えてきましたのが、温泉の底や岩の隙間に沈んでいる、人の死体、死体、死体。
苦しそうに口をあけて死んでいる者や、ふやけて半分溶けている者まで、恐ろしくなってふと思い出したのは、この天然温泉の効用は、養分がたっぷりで少し浸かるだけでその養分が体に染み込み、元気になるという。
なるほど死体から溶け出た養分でたっぷりなのだこの温泉は、そして注意書きとして、浸かり過ぎて湯けむりを吸い続けると幻覚を見る恐れがあります、とあったことを思い出しかけたとき、ふと見るとまた、目の前で少女がのぼせて赤い顔で湯に沈んでいくので、このまま溺れて温泉の養分になっては可哀想だと思い、必死に抱え上げようとしましたが体がぬるぬるすべって指がかかりません。
体の下の方にしっかり腕を回して持ち上げようとしましたが、すべるし重いしで往生しておりますと、それはやっぱり人ではなくコケでぬるぬるの重い岩でありまして、自分の手が岩の下に挟まり、顔が完全に湯に浸かってしまい溺れてものすごく苦しんでいるところで、目が覚めました。
子どもの頃の話ですが…子どもの身分がJ1とJ2に分かれていました。
住んでいた土地は山脈の中腹にあり、村全体が坂道でサッカーができるような平地はありませんでしたが、それでも子どもたちはJ1とJ2に分かれていました。
村の崖に直径2メートルほどの丸い岩が飛び出しており、その丸岩をよじ登って越えられたものはJ1と呼ばれ、ダメなものはJ2なのでした。
丸岩がサッカーボールに似ていたので、サッカーJリーグにちなんだ呼び名ができたようです。
僕はJ2でしたが、あるとき丸岩に挑戦することになり、必死の思いでついに成功してJ1に昇格しました。
僕の次に、僕の親友が丸岩に挑戦しました。
が、僕よりかなり苦戦していました。僕は大きな声で応援しました。
しかし心のどこかで、失敗したらいいのに、と思っていました。
僕の学年でJ1の子は他に2人しかおらず、僕で3人目、親友が成功すれば4人目、成功者が増えればそれだけ、J1の希少価値が下がって行くわけで…。
親友のJ1昇格を、半分は応援し、半分は失敗を願う自分に気づいて、ものすごくいやな気分になったところで目が覚めました。
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