自給自足の山里から【122】「中南米を旅して1」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2009年2月16日号の掲載記事です。
大森ちえさんの執筆です。
中南米を旅して1
山村は、すっぽりと白い雪に覆われる。お山の樹々は、あっちこっちで折れて、痛々しい。田畑野の野菜、草々は、雪原の下で耐えている。ニワトリさんは、コケッコッコーの鳴き声も弱々しく、全く卵を産まない。折れた木の皮を山羊さんがきれいに食べる。豚さんには、わらを切ってフワフワのベッドをつくる。眼を細め二頭寄りそってゴロリ。
家の中は、薪ストーブが、暖房、炊事、洗濯干しに活躍。来訪の百姓体験「居候」の若者たち、薪割りして火をつけるのに苦労している。産まなくなった(?)トリさんの生命(いのち)いただいて、これまた慣れない手つきで捌(さば)く。雪をスコップで除けての白菜、ニンジンらとともに食す。苦労のおいしさの若者たちの笑顔。今、大学生二人、三〇代フリーター三人の男たち計五人がいる。
母屋、家畜(どうぶつ)小屋などの雪降ろしに追われる。屋根の上での「居候」のへっぴり腰で役立たずに苦笑。なんでもこの雪は、中国大陸の高気圧が下がってきてのためとか。雪溶けての屋根瓦は、へばりついた酸性雨でくすむ。春になると、洗い落とす作業が待つが、春よ早く来い!を願う。
昨年二月にひとりで中南米大陸を訪れ旅し、十二月末に帰ってきたちえ(22)は「寒い寒い」とふるえている。
ちえのひとり中南米旅記
なつかしい匂いがする。今、私は、十ヵ月前までは知らずにいた“世界”を胸いっぱいつめこんで、この小さな谷間の村にいて、しんしんと降る雪の世界を見つめている。
去年二月末に、メキシコ、日本の一年オープンチケットを持ち、日本を飛び立った。メキシコ、キューバ、ペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビア、パナマ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、グアテマラ、エルサルバドルを旅した。
本当にはその国を知ったわけではないけど、ラテンアメリカの人、日本の旅人との出会いがあった。
メキシコの空港には、友だちが迎えに来てくれ、ドキドキでメキシコシティに入る。日本人宿(ペンションアミーゴ)に着くと、扉の向こうは日本みたい。でもなんか自由な日本かな。着いた日は、寝込んだ。時差ボケか、標高二千メートルの高地だから高山病か、少ししんどかった。宿から歩いて三十分先にチャプルテペック公園がある。顔にペイントした子どもたちに会うのでおどろいたら、ペイント屋さんがあって、猫になったり、犬になったり、姫様になってカラフル。ひとりで歩いても楽しくなる。
チアパスそしてサパティスタ……一週間メキシコシティにいて、そこから南へチアパスの州都トウクストラに行く。バスは都会から地方に帰る人の荷物にあふれ、私の頭に荷物が落ちてくる。隣の席のおばちゃんとおじちゃん見ていると安心して、なぜか寝る。朝着く。日本人の友人に会い、メキシコの友だちと一緒に隣町サン・クリストバル・デ・ラス・カサス(略サンクリ)に向かう。サンクリの周辺の村々には、自分たちの文化をまとった周辺の村々には、自分たちの文化をまとった先住民インディヘナの人々が暮らしている。チアパスは、一番貧しい州で、その地に昔から住んでいるインディヘナの人々が、叫びとこぶしをあげたのが、1994年1月1日、サパティスタ民族解放軍(EZLN)の武装蜂起の日。女の人が多くたたかい、「もう、たくさんだ」と。
サパティスタの自治区のひとつ、オベンティックへは、サンクリから一時間、大音量の音楽に負けないスピードで走る車、先は霧で見えない。着くと、メキシコ革命の英雄エミリアーノ・サパタや、キューバ革命の英雄チェ・ゲバラの絵がある。自治区に入るためにパスポートを見せたり、話を聞いたり、絵を描き、霧で何も見えない山をながめていた。今も続くたたかい。
四ヵ月後、もう一度行こうと思い、コレクティーボ(乗り合いミニバス)に乗る。スペイン人のヒッピーの姉妹とメキシコ人(男)と一緒になる。サパティスタの人の瞳は、東ティモールの人と一緒、同じ瞳している。哀しみはかくせない。深い瞳。一人のおじさんが、「ここは好きかい?」と声をかけてきた。「好きだよ」と言うと、ニコッと笑った瞳を感じた。胸があつくなってしまった。四人で自治区の中を歩く。晴れた日だった。山が大きくゆっくりある。下には流れの速い川。学校の裏に行くと、小さな女の子が、親指で「グー」と片目を閉じ笑った。
道路に出て、妹の子とヒッチをする。トラックをつかまえる。ふと、後ろを振り向くと、スペインの姉とメキシコの彼はラブラブになっていた……。妹と瞳を見合わせ、やれやれと合図した。トラックは動き、次にインディヘナのおじさんとおばさんが乗ってきた。がっしりと立ち、瞳は優しく優しく、こぼれる笑顔から、欠けた歯が見える。泣きたくなった。うれしくって、なぜか。
サンクリに帰り、三人と別れる時「気をつけるんだよ」と、スペインの姉妹は私を強く抱きしめた。感じたい。痛みから、心に刻んでいく。
五、六月はキューバに行った。友人の友人の家でお世話になる。雨が降ったら、誰かが言う、明日はカニが歩くぞ、魚が来ると。夜、カニをおいしく食べた。山育ちの私は魚を釣れなかった。大きなホタル光り飛ぶ夜、星光る空。台風がよく来て作物をなぎ倒す。また、蒔(ま)き植えていく。私は百姓だからわかる。とても大変だ。あるおじさんは「世界中見て、キューバみたいな国あるか」。「人生は一度だけよ、楽しまなくってどうする」と働く手を動かしつつ言う女の人。
私が帰る前にと、大事に愛情こめて育てた豚を殺した。豚で食べられないのは声だけというけど、子どもの頃、屠(と)殺場で豚の声、叫びを食べた。心に残っている。想うと心が苦しかった。けれど、みんなが愛し捌くから、私も一緒にやった。豚肉は、父の日にみんな集まり食べた。おいしすぎた。
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