自給自足の山里から【103】「六ヶ所村へウォーク9」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【103】「六ヶ所村へウォーク9」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2007年7月16日号の掲載記事です。

大森れいさんと昌也さんの執筆です。

六ヶ所村へウォーク9(ナイン)

6月7日、無事に田植え(注①)が終わり、大豆の種まきがはじまる頃、私(れい)は“ウォーク9・おむすび巡礼”に参加しようと思い、青森に行くことにした。
ウォーク9・おむすび巡礼とは、3月22日春分に島根の出雲を出発し、木を植えたり、山々の神に祈ったりしながら、6月22日夏至に、青森の六ヶ所村まで歩いていくピースウォークである。
正木高志さん(マイサ 注②)が先頭に立ち若者をつれて歩く。
マイサは、“おむすび巡礼”には二つの意味があるという。ひとつは人間が自然とつながっていくこと。もうひとつはおむすびだけ食べてそれだけで感謝できること。できるだけ質素に!質素に!
だから、たくあんが光って見えるらしい(笑い)。

ウォーク9との出会いは、姉のちえ(21)が正木さんに“あ~す農場への招待”を送ったのがキッカケ。近くを通るのであ~す農場に泊まることになった。
3月30日・31日、十名の人が昼は農作業し、夜は近在の百姓ら二十余名参加しての正木さんの歌と語りで過ごす。よかった!
私が参加したのは最後の方で、青森の八戸でした。みんなと久々に会って、顔つきも変わっていて、なんだか“虹の戦士”という言葉がぱっと浮かんだ。
三ヵ月歩くだけじゃなく、マイサの修行を受けてきたから?

正木(マイサ)さんは、私たちに「尊重すること。はじめから歩いている人たちを尊重して歩くんだよ」と。みんなピーンときませんでした。よくわからなかった。
うちもその時よくわからず「尊重って?」と思っていたけど、みんなと歩いているうちに、だんだんと「ああ!」と思えてきて、今じゃ、尊重か!「リスペクトや」とか言っている(笑い)。言葉が自分の心で感じることができたんだと思う。
ここ最近、うちが心を強く打たれたことがある。それは学校に行かない子どもたち。この子たちは学校に行きたくないと体が言っている。体は知識ばかりうめこまれることが嫌なんだと思う。
子どもは本来純粋で、自然のままに生きている。でも学校ってところで、知識ばかりうめこまれて、何が何だかわからなくなっていて苦しんでいるんだと思う。
家に逃げても、親というものにしばられる。そこで、子どもは親を殺す。殺すことによって、その苦しみからのがれるんかな。
親を殺し、牢屋に入った子どもたちは、ホッとしている。うちだったらホッとすると思うね。うん。あ、話が少しとんでしもうた(笑い)。

今回ウォーク9と歩いて感じたことは、“人間が人間を意識するのと同じで、自然にも意識がある”ということ。
六ヶ所再処理工場で、お祈りをしている時、頭が痛くなり、体のあっちこっちが痛くなった。でも、これは六ヶ所村の森・山・大地の痛みなんだろうな。でも人間はすぐその痛みを忘れてしまう。
自然はずーっと苦しんでいるのに。六ヶ所村の自然はすばらしかった。

今、うちにわかることは、みんなが、自然を意識することなのかな。恋人や友人、家族を意識するように。
自分自身を見つめることから全てつながってゆく。

大森れい(17)

“異族”としてのブラク

あい(17)も、遅れて合流する。双子だというとみんな驚いていたという。体型とともに、性格・感性などは違うよう。
さて、「六ヶ所再処理工場とは何か?」と聞くと、「原発で使い終わった燃料から再び処理してプルトニウムを取り出して燃料にするところ」と返ってきた。
どうもこの作業によって原発以上に放射能が環境に放り出され、汚染される。放射能は“目に見えない・臭わない暴力”で人々を襲う。
チェルノブイリで、原発爆発の様子を見てしまった妊婦さん、生まれた赤ちゃんは、ちえと同じ二十一歳。今、体のあっちこっちに腫瘍が発見されている。「いつ放射能が牙をむいて病気とし発生するかわからない不安とたたかって二十一年目を迎えている」と広河隆一さん(この二十一年間、チェルノブイリを取材)は指摘する。

六ヶ所のある青森・東北は、古代、天皇にまつろわない 蝦夷と呼ばれた異族として、天皇に依る征夷大将軍に排斥・滅亡させられていった地方であり、その過程で、抵抗し従わぬ者たちを「俘囚」(捕虜)として、天皇の京都・近畿を防衛する要所に移配したのがブラク(被差別部落)の発生源である。
異族としてのブラクは、天皇支配の先兵の役を強いられ、サベツされつつも、「人の世に熱あれ! 人間に光あれ!」(全国水平社宣言)と、天皇日本社会を根底から問うてきた。
東北地方は、やがてアイヌ侵略の拠点とされ、青森下北半島・六ヶ所村は、第二次大戦ではカラフト・満州への侵略に利用され、戦後は開拓に苦汁をなめ、高度成長期には大規模開発、そして今、原子力半島と化している。

お金としがらみでがんじがらめにされ、日常的ないやがらせにもめげず、はっきりと、再処理工場に反対の声をあげている人たちが少数だがいる。
この人たちに心を寄せ、ブラク出身の私は、かの部落解放同盟飛鳥支部長のように、私利、お金におどり、おどらされることなく、自らの歴史を踏まえ、「七代先のこと考えて」(ネイティブアメリカンの言葉)、縄文百姓として生きて、鎖のようにつながったムラからクニづくりを志す。
今日も、脱原発の志持つ小さな水力発電が農場の中の小川でまわる。

大森昌也

(注①)今年は六人のきょうだいで協力して、三十枚九反の棚田を五月二十日から十八日かかって、手植えする。
(注②)正木高志さんは、熊本で「アンナプルナ農園」を営み、森林ボランティアグループ・森の声を展開する。

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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