エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【390】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2020年10月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めて暮らしたい
洋楽を聴いたり観たりするときに、Explicitという表示を近ごろよく目にするようになった。
例えば、曲名の最後にカッコして追記してあったり、ビデオが始まる前にテロップにより文章で明記されたりする。
辞書には「明示的な」とか「あからさまな」という意味だとある。
ようするに「この作品には(性的、その他の)露骨(で不適切)な表現が含まれています」ということらしい。
業界の自主的措置なのか、法的義務なのか、それこそ「明示的な」基準があるのか、知らない。
それに、私は英語が堪能ではないので、その曲のどこがどう問題なのかわからないが、興味深いのは、今やそのような作品が例外ではなく、むしろ主流だという点だ。
例えば、Amazon Musicで最新ヒット曲を集めたPop Culture Playlistの本日付(9月5日)は一曲目、二曲目から連続してExplicitだし、同日付All Hits Playlist はなんと五十曲中二十一曲がExplicitである。
つまり、こんにち人びと(少なくともアメリカ人)が好んで聴いている音楽の四割以上は「不適切表現が含まれていますので、その点をご了解の上で、お聴きください」と、あらかじめことわっておかなければならない対象だということだ。
勝手な想像だが、仰々しくExplicitであると注意喚起をしているが、一般庶民が日常会話で交わす程度の悪態や下品な慣用句などが、わずかに含まれているに過ぎないのではないだろうか。
そもそもポップスやロックは、建前の言葉ではなく、聴き手と等身大の歌い手、あるいは歌詞世界の主人公たちの日常の生の言葉を吐露するものが大半だろうに。
もっとも、世の中にはロックやポップスを「悪魔の音楽」だとみなす人がいるらしいし、欧米なら「それと知らされずに聴いて精神的ダメージを受けた」と訴える人がいないとも限らないから、その予防措置ということなのかもしれない。
訴訟社会や政治的な正義、宗教や伝統が背景にある社会規範、世間の同調圧力などが要求する建前と、日常生活における言葉やふるまいとの分裂や屈折はより大きく複雑になり、人びとのストレスや攻撃性(理不尽な、もしくは絶対正義をふりかざした)は増す一方のように感じられる。
ネットに限らず、テレビに映し出されるドラマの作品名、バラエティ番組名、本の題名や雑誌の記事、小説や映画の作品名など、そこらじゅうにExplicitという文字を目にする日が、いつかやってくるのだろうか。
果ては、Explicitと記したマスクの着用が新たな生活様式になったりして。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)