エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【388】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【388】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2020年8月1日号の掲載記事です。

 

 

本だけ眺めて暮らしたい

「リスク」という言葉をテレビなどで朝から晩まで耳にする。特に今、コロナ禍や大雨の災害でなおさらだ。
「リスク」を国語辞典で引いてみると概ね、単に「危険」、また「損害を受ける可能性」と記されている。
しかし英和辞典には、いくつか並んでいる語釈の中に「dangerと違い、自ら覚悟して冒す危険をいう」という注記を添えているものがある。
日本語で言うところの「目的を果たすにはリスクを冒さなければならない時もある」とか「リスクを背負ってトライしてみる」といった使い方がそれにあたるのだろう。
例えば投資では、大きく値上がりするかもしれないが、逆に大きく値下がりするかもしれない新興企業の株があったとして、その予測の上と下の「振れ幅」のことをリスクと言ったりする。
「リスクを大きく(あるいは逆に小さく)とって」行動する――避けるべき、排除すべきdangerと違い、大きいにせよ小さいにせよ、リスクはとるもの、引き受けるものということだ。
「重症化リスクが高い」とか「大雨による災害リスク」とか、単に危険性の意味で「リスク」と言うのが間違いだと指摘したいのではない。
多くの、というか、ほとんどの人が単に危険性の意味で「リスク」を使うようになった。それが現実であり、いいも悪いもない。ただ、その人たちは、「リスク」が「自ら覚悟して冒す危険」という意味で使われることを知らない。
すると、議論などでおかしなことになる。
かつて、自衛隊の海外派遣問題で「リスク」という言葉が飛び交った。「自衛隊員が死傷するリスクは?」「リスクはあってはならない!」「リスクがないはずはない!」などと。これは単に危険性という意味で使われている。
一方、推進しようとする側は、派遣によって得られる国際的な立場や、派遣しないことで失う国益などを勘案してリスクを背負うという考えだ。
しかし、「自衛隊員にこれまでなかった危険が発生する、戦争に巻き込まれる可能性がある」とは、(リスクを単に危険性という意味でしか認識していない)家族や国民には言えないので、「原則的にリスクはない地域で活動」だとか、「リスクが発生するような行動をとらなくていいことになっている」だとか、苦しいごまかしに終始しなくてはならなくなる。
リスクをとって派遣することの意義や、想定されるリスクへの対策などを正面から議論することなく、推進派は適当にお茶を濁しながら、数の論理で押し通そうとする。実際、そうなった。
それに反対するためには「リスクはあってはならない」ではなく、この派遣は間違っている……そして日本はどのような道を歩めばいいのかという国民的な議論が必要だったのだろう。
同じ言葉を違う意味で使っている認識がなければ議論はかみ合わない。そうなれば、議論が広がるのを望まない人たちの思うつぼだ。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

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