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2020台湾語学留学vol.2 他言語から世界の切取り方の違いを学ぶ|MKタクシー柴田大輔

1992年に始まり、時代に合わせて改善・強化し続けてきたMKの海外研修。
京都MKハイヤー課の柴田大輔社員によるレポートを紹介します。

MKの海外研修制度 

第35期となる今回は、ハイヤー課の新谷義尚社員、伏見営業所の林宏昌社員・清水成仁社員が中級コースとしてイギリスへ2ヶ月間、ハイヤー部の柴田大輔社員、上賀茂営業所の中磯克俊社員が中国語コースとして台湾へ2ヶ月間学びました。 

 

 

出発直前インタビュー

海外研修を志望された理由は?

海外研修出発式

海外研修出発式

私は、MKタクシーに入社以来、お客様により良いサービスを提供し喜んでいただくことをやりがいにして働いてきました。
ESD(English Speaking Driver)としても、国内外からのお客様のお供をさせていただいてきました。
新たに中国語を学んで、さらに多くの方々のご要望に応えたいと考えます。
台湾留学を経験することで、語学力だけでなく見識を深めてさらなるサービス向上に努めたいと思います。

出発が近づいてきましたが、今の気持ちは?

語学教育担当職員の陳先生(前列右)とGary先生(後列右)

語学教育担当職員の陳先生(前列右)とGary先生(後列右)

初めての台湾訪問でもちろん不安もあります。
春節の直後からの留学で、台湾の文化風習に触れるチャンスもあると思います。
台湾は歴史的に日本との縁も深いので、語学だけでなくできるだけ多くのものを体感してきたいと思います。

最後に意気込みを一言

柴田大輔社員

柴田大輔社員

14年前には会社からイギリス語学留学へ派遣させていただきました。そのときは、学生気分が抜けていませんでした。
今はMK社員として、ある程度の経験を積んできました。
語学力の向上はもちろんですが、MK社員として、台湾でのビジネスにも何らかの形で関わることができればと考えます。
そうした経験を通じて、帰国後のMK中国語ドライバーの充実に貢献したいと思います。

台湾海外研修レポート

たくさんの出会いで自らを相対化

2ヶ月間の留学生活を通して、中国語だけでなく、その背景にある歴史や文化を学びました。自らを相対化して省みる機会になりました。
何よりたくさんの出会いがあり、人は人の温かさなくしては生きられないということを再認識しました。
この認識は、コロナウイルス危機を乗り越えて、私たちが事業を続けて行くための最も強い推進力になると信じます。

春節の台湾へ

台湾に到着したのは春節4日目の1月28日。
台北は、お正月の東京や大阪のように静かでした。
おそらく、それぞれの故郷に帰っている人も多いのでしょう。
2ヶ月間暮らすことになるウィークリーマンションの近くのお店も、ほとんど閉まっていました。初日の夕食は、共に留学した中磯さんと少し離れた夜市へ出かけました。

テレビをつけると、コロナウイルス関連の話題でマスク(口罩)不足のニュースなどをやっていました。
台湾のテレビ番組の多くは字幕が出るので、聞き取れなくても何となく話していることが想像できました。
その後、台湾にいる間に一番多く聞いた単語、は「口罩」だったと思います。

中国語で話しかけても日本語で聞き返される

私は、2年前から会社のサロン(勉強会)やロゼッタストーン(会社が仲介しているオンライン教材)、NHKラジオ講座などで勉強し、HSK試験も受験するなど、中国語の学習を進めてきました。
しかし、現地の食堂などに行っても、私の中国語はなかなか通じません。
もちろん中には日本語や英語を話せる方もいるのですが、中国語で話しかけたのに、日本語で聞き返されたりすると、それはそれでガッカリします。
着いてからしばらくの間は、このまま中国語の会話もままならないまま帰国することになるのではないか、との不安にもおそわれました。
しかし、台湾へ来てしまった以上、あとにはひけません。
仕事に使えなければどうにもならないので、学校ではとにかく伝えるための発音と声調に焦点をあてて学習することにしました。

華語中心で発音と声調習得に努める

私たちは、前半は「中国文化大学華語中心」、後半は「台湾師範大学3週間コース」の2ヶ月のコースに通いました。
華語中心では、台湾や中国の大学進学を目指すベトナム人や、仕事で中国語を使うタイ人たちとともに学びました。
数ヶ月~数年学ぶ学生の中に合流した私は、老師(教師)の話を理解するのに必死でした。
初日の3時間はあっという間に過ぎ去りました。

言いたい言葉もうまく出て来ず、もどかしい気持ちでした。
私には、2ヶ月という限られた時間しかありません。
老師には、発音と声調の習得に目標をおいている、と伝えて授業中に重点的に指摘してもらいました。

授業のあとは、自習室で宿題の作文をします。
単語、構文を習ったら、自分の言葉で作文することが「伝える」ために必要です。とても良い練習になったと思います。

同い年の先生によるライブ感ある授業

台北賓館ツアーにて中磯社員と(写真左が柴田社員)

台北賓館ツアーにて中磯社員と(写真左が柴田社員)

ところで今回、私は上賀茂営業所の中磯さんとともに留学しました。
中磯さんがいたことは、私にとって一番の僥倖(ぎょうこう)でした。
2人とも、基本的には好き勝手に別行動していましたが、週末のツアーに参加するときなどには、一緒に食事をしながら会話します。刺激を与えあえる、良い関係でいられたと思います。
ときには、中国語の達者な中磯さんに、発音の練習につきあってもらうこともありました。
発音に関しては、日本人だからこそわかる苦労もあります。中磯さんの助けは何より大きなものでした。

さて、担当の薛老師は私と同い年でした。
彼の授業では、教科書をすすめながら、次々と関連する動画を見せてくれました。
それも、映画やCM、アニメなど、幅広い素材をテンポよく出してきます。
こういうスタイルの授業はライブ性がありますが、広い分野の知識や教養を必要とすると思います。
学生の興味を惹きながら、言語だけではない台湾の文化を伝えてくれたと思います。
私にとっての最後の授業の後には、数人の学生と食事に誘ってくれました。
老師とは、学生であると同時に、同い年の仲間としても握手をして別れました。

台湾師範大学にの会話中心の授業

日月潭文武廟にて

日月潭文武廟にて

二二八紀念日*1の連休をはさみ、3月に入ると師範大学の3週間速達コースに移ります。
こちらは、日本の大学の春休み期間でもあるからか、学生のほとんどは日本人の大学生でした。
私は、他に3人の日本人大学生と同じクラスでした。
皆個性的で、担当の張老師も日本に詳しい方で楽しいクラスでした。

少人数クラスでしたので、会話や発表の機会も多く、「伝える」ということの練習になりました。
華語中心で音読や作文をコツコツやったあとに、台湾師範大学で会話の機会の多い授業に移行できたことは、私にとって学習の流れとしても良かったと思います。
コロナの影響でやや縮小もあったものの、文化授業や校外学習の機会もありました。
他のクラスの学生とも交流でき、観光に行けたことも幸いでした。

台湾での交友を通じて学んだ世界の見方

私は、いつも出会いの幸運に感謝していますが、今回の留学でも多くの楽しい出会いがありました。
台中に住むお客様のもとを訪ねたり、日本人のお客様が紹介して下さった台湾人のご友人を訪ねたこともありました。

新竹市にお住まいのご友人Oliviaさんを訪ねた際には、台北に住むOliviaさんの甥のBojunと待ち合わせて高鐵(台湾新幹線)に乗って行きました。
Bojunは、日本語を勉強しているので、お互いに日本語と中国語を教えあいながらの旅でした。
微妙なニュアンスの違いを聞かれたりと、母語である日本語を見つめなおす機会にもなりました。
大げさかもしれませんが、言語を学ぶということは、世界の切り取り方の違いを学ぶということだと思います。
新しい言語は、新しい世界の見方を教えてくれました。

フレンドリーな台湾の人たち

コロナウイルスの騒動に終始した留学期間ではありましたが、コロナの影響は悪いことばかりでもありませんでした。
普段は中国大陸で働いていた台湾人のPaul(台湾人は学校の英語の授業で使う英語名を普段も通称で使うようです)は、コロナウイルスの影響で台北のオフィスに一時的に戻り、私たちと同じウィークリーマンションを借りて通勤していました。
たまたま共同洗濯機のスペースで遭遇して話した私たちは仲良くなり、彼の友人やガールフレンドとも一緒に食事をしたりしました。

台湾の人たちは、とてもフレンドリーで友達の友達も友達という感じです。
Paulは、私が日本に帰る前の晩にも、わざわざ時間を作って会ってくれました。
いつかコロナウイルスが落ち着いて、彼らが日本に来るときには、必ず京都を案内したいと思います。

小さな友情から平和な世界を作りたい

淡水一滴水紀念館

淡水一滴水紀念館

最後に、私のお気に入りの場所をご紹介します。
台北中心部から1時間ほどの淡水という観光地です。
神戸のような洋館や赤レンガのある美しい港町ですが、中でも一番感動したのは「一滴水紀念館」です。
実は私は、そこに行くまで一滴水記念館の存在を知りませんでした。
福井県おおい町にある一滴文庫に似た名前なので、気になって立ち寄ってみました。
すると、まさに一滴文庫と同じく作家の水上勉(みずかみつとむ)先生ゆかりの場所だったのです。
阪神淡路大震災のときの台湾の方々の援助、そして1999年台湾の九二一地震のときの日本人の援助をきっかけとした日台交流のシンボルとして、大工だった水上勉先生の父が建てた古建築を移築したということです。

私は、思わぬところで日本と台湾の友好のシンボルに出会い、嬉しくなりました。
世界は今大変な状況にあります。政治的にも難しい問題があります。
しかし、私たち一人一人の小さな友情の滴が、平和の大海を作る。そんな希望をもってこれからも仕事をしていきたいと思います。

おわりに

MKでは、外国語で観光案内をできるドライバーを養成するため、1992年から海外留学制度を開始しました。
営業所でもネイティブ講師によるサロン型の勉強会を毎月数回開催しています。

充実した研修制度によって育成したESD(Englishi Speaking Driver)は、海外からのVIPの対応や国際会議の送迎など豊かな経験を積んでいます。

海外からの大切なお客様の対応の際は一度MK観光タクシーにご相談ください!

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第35期海外研修レポート記事 

*1:国民党政権による本省人の弾圧事件である、1947年の「二二八事件」のことを忘れないように平和を祈る日