自給自足の山里から【196】「『百姓体験居候』の力」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【196】「『百姓体験居候』の力」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2015年6月1日号の掲載記事です。

大森昌也さんの執筆です。

「百姓体験居候」の力

山村の5月

5月の山村に、新緑さわやかに風が吹く。赤紫のフジの乱舞がうれしい。
結婚したちえ(29歳)が、山吹採りに熱中し、指先を黒くしている。
白と黄の菜の花が風にそよぎ、三つ葉、うるい、ノビルら山菜が豊か。田んぼは、カエルがケロケロと鳴き黒いオタマジャクシの群が動く。ヘビ(青大将)もひょろひょろ、トカゲは日向ぼっこ。もぐらの動き盛んで、畦(あぜ)の穴の修理が大変である。
ニワトリも卵を産み出す。「ジィちゃん! アヒルが卵産んでいる!」とみのり(8歳)が小屋に入り、「あったかい!」とほほえむ。

若い女性たちの笑顔

春になると、あ~す農場に、「百姓体験居候」の来訪が続く。
3月には、例年の京都精華大学の「農的暮らし」ゼミ(本野一郎教員)の学生たち6人が来訪。全て女性である。
利君(32歳)の指導の下、カマドでご飯を炊き、鶏をさばき、野菜を採ってチキンカレーを作ったり、薪割りして五右衛門風呂をわかしたりして楽しく体験。「卒業してもこんな暮らし目指したい」と顔を輝かす。
神戸大学4年の女性が、ひょっこり来訪。熱心に、不耕起の畑仕事をこなすのがうれしい。「就活はしてない。卒業したら、畑仕事をしながら百姓を目指したい」との笑顔は美しい。

ああ!40~50代の男たち

40~50代の男性(独身)たちの「大森さんの百姓学びたい」との来訪続く。農場では、年齢を問わず、畑から野菜採り、マッチすって火をつけ、カマドでご飯炊く。
ところが、マッチが使えない。もうびっくり。「使ったことがないので仕方ない」と言う。
さて、仕事である。鍬(くわ)を手にして畑に行く。
数年放置されていた畑に畝立てし、ジャガイモの種植えを行う。
鍬は、ツルハシのような使い方しないよう実演で示す。しかし、しばらくして“ボキッ”と音がして振り返ると、柄がボキッと折れている。「仕方ない。直さんとあかんなぁ」と言うが、なんと、ポンと放ったらかして、「別の取ってきます」。
我が鍬へのこの仕打ちに、私は呆然である。
折れた鍬を、玄関口に置く。そのうち気づいて、「直そう」とするのを期待するが、帰るまでそのままである。私の心は痛く、疲れた。仕方なく、柄を短くして、孫たちが使うようにした。
それにしても、彼らの動きは、80~90代の年寄りである。「もっとしっかり動かんか」とついぐち(・・)が出るが、「鍬持ったことないのだから仕方ない」とこれまた返ってくる。
手の延長の道具、鎌、鍬などを日常的に使うことのない社会は、やがて「手仕事をなくして、文明を失う」(塩野米松さん)。
彼らの親は、私の世代であり、父親のことを聞くと、「大森さんと違って、年金暮らしで、毎日テレビ漬け」と冷ややかである。母親は丁寧に世話してくれるという。
友人は、「私のまわりでも、40代の“ひきこもり”がおり、全国で2万とも3万人とも言われている。
1000万人の若者が、時の大人に身を挺(てい)しての異議申し立てに、真摯に答えることなく、力で弾圧し、6千余人の逮捕、多くの者がケガして死す時代の、息子たちのこんな姿を思うと、やるせない!」と深い嘆き。
息子たちは、有名大学出身である。

自衛隊・大手会社の若者「百姓しんどい」と…

入れ替わりに20代の若者(男性)たちがやってくる。私を紹介した本を読んだり、知人の紹介である。
私は、鎌・鍬持って、草刈り・耕作の手本を示し、ともに働く。「口だけ出して、若い者に任せたら」と近在の人は言う。
「私が働かんと、わからんようで」と動く。若いこともあり、私についてくる。しかし、「百姓がこんなにしんどいもんとは!」と思わず本音が出る。
今までどんな仕事をしていたのか聞くと、一人は「この前まで3年間、自衛隊にいた」、他の者は「大手会社(2年連続2兆円もの利益)で、4年間、非正規で働いていた」と。
なんでも、締めつけが厳しく、またサベツが多く、精神的な病気(うつ病など)があるが、「外にもれることのない不気味なムラ社会やなぁ」とボソボソと話す。
本人たちはまだ気づいてないが、どうも、言われないと体が動かず、適当に判断してやってくださいと言うと、ただじーっとほとんどできない。
でも、「循環型社会を目指したい。また友人とやってきます」の笑顔はうれしい。
また、ちゃっかり、「これからの人生の糧にしたい」と言う若者もいる。

アベの「地方創生」を乱す「百姓体験居候」

我が農場は、農学校でも農塾でも農経営会社でも農家民宿でもない。縄文百姓の「自給自足の暮らしの場」で、金によらない往来自由の「百姓体験居候」のところである。
もう28年になるが、多いときは、年間300人もの来訪があったが、最近は5、60人くらいで、まあ今まで3000人以上は来訪している。
長い者で3年から、短い者で3日である。
今、2~4アールの田畑がそれぞれ10枚と、果樹園、ニワトリたちの「三反百姓」である。
全く農薬・化学肥料を使わず、耕さない田畑は、豊かで美しい。
「居候」を体験した若者たちは、それぞれささやかながら、“縄文百姓”
の思いもって、百姓を志している。実際に自給自足自立の百姓をやっている者は、全国に50人くらいはいるだろう。
アベたちの「地方創生」の美名のもと、金のばらまきでなく、金によらない暮らしの百姓を「体験居候」した若者たちの手で、実際に「限界集落」と呼ばれ、廃村になると言われた我が村が、よみがえっている。

(2015年5月14日)

 

あ~す農場

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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