自給自足の山里から【92】「生きものと一体になって」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【92】「生きものと一体になって」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2006年8月16日号の掲載記事です。

大森昌也さんの執筆です。

生きものと一体になって

山村の夏の朝方、「カナカナ、カナカナ」と、ひぐらしの鳴き声が、山間の濃緑を食い裂くように、美しくひびく。「早よう、田んぼの草取ってやりねェ」と聞こえてくる。
田んぼに出かける。田打器(除草器)をまわし(押して)、稲のまわり四方を除草し、残る株まわりの草を、手で取る。一本抜くと泥で濁り、他の草たち見にくいので、よく見て両手で素早く全てを取るようにしなければならない。
今年はイギリスのウィルソンさん、韓国の李さん、台湾の游さん、円原親子、中学・大学院生、大工、会社員、フリーター、派遣社員らの日本の青年たちが、田草取りに挑む。それぞれ自分の分担を決め作業する。
翌日、田んぼに行くと、かの青年たちの歩いた(仕事した?)ところの稲の株まわりで、草たちが笑っている。「全く二度手間や」とぼやくちえ(20)。「アジアの青年らはきれいに取ったのになぁ」と相槌を打つ。
田草取りは、腰を曲げ、太陽を背にジリジリと感じながらも、泥田に足取られぬよう素早く動かなければならない。腰が痛い。この作業を「田を這う」と言う。泥追い虫のよう。田んぼから上がった私を見て、あい(16)は、「お父さん、泥人形みたいや」と笑う。パンツまで汗びっしょりで、手足はもちろん、顔頭まで泥まみれである。全身、汗と泥にまみれて田を這うと、地球の表面に張り付いた水田、生きものと一体になった感じになる。

さて、例年なら、おたまじゃくし、カエルらがうじゃうじゃ、ヘビが足元をスルリスルリとにぎやかだが、今年は静か。ヘビがいると自然の環境が守られ、豊かさの証とも言えるが、今年はちょっと変である。田にいなくて、家の中でツバメの卵や子猫ら狙い、ネズミがめっきりいなくなった。
「キャー」とニワトリ小屋の方から、幼い悲鳴。「百姓体験」に沖縄からやってきている宙命君(12)の声。青い顔してとび出てくる。「どうした!」と声をかけると、「卵採ろうとしたら、青大将がトグロを巻いて、赤い舌をシュシュと出す」とふるえている。れい(16)が、「沖縄にはいないのかなぁ」と笑いながら追い出す。「アゴをすっかりはずして卵を飲み込むんや。それから器用に天井にへばりつき、ポンと落ちて殻を割って食べるんや」と教えている。それにしても、ヘビに精彩がない。

二月から百姓志願し、「居候」していたO君(20)が、五月末、突然いなくなる。「あの子のことやからすぐ帰る」とりさ子(25)、「もう20歳、大丈夫」と一五歳の時から知っているげん(24)。
五月に、彼一人だった部屋に、元ホームレスの人(60代)、うつ病の人(40代)らが一時同居。気になり「大丈夫?」と聞くと「ええ」との返事。まあ、若い時、いろんな人と接するのも勉強と“親心”。
同じ頃、来訪者多く、別の部屋には大阪・埼玉などから女性たちにぎやかですぐ友達になっている。男部屋の方は静か、どうもO君にとって苦痛のよう。まあ、一週間もすればまた一人になれるからいいだろうと思っていた矢先。
「逃げると癖になる」と経験者のユキト(22)が実家の方訪れるが、「おばあさんしかいなかった」と寂しく帰る。百姓志願のゆきさんは「もったいなぁ。私なら、いろんな人生味わえ楽しい。男って、身構え、甘えん坊だからなぁ」なんて言う。

43年前の狭山事件(注)で、32年の獄中生活を強いられ、再審を求め闘う、ブラク(被差別部落)出身の石川一雄さんの連れ合いの早智子さんから便り届く。
「帰りの電車の中で、『自給自足の山里から』(北斗出版)読ませて頂きました。石川は、今、裁判資料を読んでおり、残念ながらまだ読んでいませんが、いつか読んでもらいたい。一緒に来られていたちえさん、とても素敵な笑顔を下さいました。私たちも元気もらいました。狭山事件は、昨年三月、審議に一九年もかかりながら、一度も事実調べしないまま第二次再審が棄却。5月23日に、東京高裁に第三次再審請求を提出、事実調べや証拠開示を勝ち取るため闘い続けます。石川が生きて元気な間に再審開始の朗報を聞きたいと願っています。石川の両手には、今も“目に見えない手錠”がかかったままなのです。『真実は必ず明らかになる』と石川はいつも言っています。冬の後に春が来るように、長い夜の後には朝が来るように。狭山の夜明け前のこの暗闇に、一瞬も早く光射す日が来るように毎日祈る気持ちでいます」
そんな折、滋賀の友人から「悲しい知らせです。私の親しい方の息子さんが自殺しました。親・親友にも一切、心の内を明らかにせず。祖父の代にブラクから出て暮らし、親は教育熱心な方です」と便り届く。かの青年の深く暗闇の絶望と石川さんの闘いに思いを馳せ、「カナカナ、カナカナ」

(注)狭山事件は一九六三年、埼玉県狭山市で高校生が誘拐され、身代金を要求、金を取りに来た犯人を警察捕り逃がす。「生きた犯人を捕まえろ」と至上命令の下、ブラクの石川一雄さんが別件逮捕され、長期拘留され自白を強制され、「犯人」にデッチ上げられる。

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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