エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【354】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【354】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2017年10月1日号の掲載記事です。

 

本だけ眺めて暮らしたい

おばあちゃんは大正七年、長崎の壱岐という島で生まれた。後半生を京都で暮らし、八十八歳で亡くなった。
私は京都に生まれ、おばあちゃんが亡くなるまでずっと同居していた。
子ども……小学生のころ、おばあちゃんの言葉に、ごくたまに混じる九州や壱岐の言葉の聞きなれない音の響きをおもしろがった。
「『ねんば』? トンボのこと、『ねんば』言うん?」
「ヘヘヘヘ」と私が笑う。おばあちゃんも「そう、そう、ねんば。ヒヒヒヒ。ねんば、そう、そう」と、顔をくしゃくしゃにして私よりも大きな声で笑った。自分の口から久しぶりに出た言葉を懐かしみ喜ぶように。
トンボと一緒に「ねんば」という未知の言葉を“採集”した楽しさを子どもの私は感じていたのだと、今の私は思う。

おばあちゃんを“インタビュー”して、夏休みの宿題の自由研究として「壱岐のことば集」を提出したこともあった。
その後、辞書をよく引く(というか、当てもなく眺める)ようになったのは、社会に出てから。大学や受験勉強のころより、手にすることが多くなった。学校で使っていた小型の国語辞典だけでなく、専門的なものも含め様々な辞書を。
あるとき、『近世上方語辞典』(以下『近世上方』)を拾い読みしていたら、おばあちゃんがふと口にして二人で笑いあった言葉を見つけた。
つまり、その言葉は単に自分が知らなかっただけで、日常身のまわりで聞いたことがなかっただけで、壱岐(だけ)の方言ではないということを長い年月を隔てて偶然に知ったのだ。

そんな言葉は一つではなかった。例えば、「ささほうさ」。『近世上方』では「さんざん。めちゃめちゃ(略)」との語義。実は、『広辞苑』(「だいなしになること(略)」)などにもこの語は収録されていた。
他にも、おばあちゃんが口にし、壱岐の方言だと(本人も)思っていた「ねんかける」「てしゃ」も『近世上方』などに載っている。
もちろん、「てぼ」(籠の意)など、実際に『壹岐島方言集』でしか確認していない言葉は多く、この本で“おばあちゃんの言葉”を見つけるのも楽しい。
NHKのEテレのキャッチフレーズじゃないけれど、ほんと「知らないって、ワクワク。」

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

本だけ眺めて暮らしたい バックナンバー

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