エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【353】|MK新聞連載記事

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エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【353】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2017年9月1日号の掲載記事です。

 

 

本だけ眺めて暮らしたい

池田晶子という「著述家」がいる。いや、いた。「哲学エッセイ」と称するものを書いていた人だ。2007年に腎臓がんで亡くなっている。
特に愛読していた意識はなく、ブックオフの一〇〇円~二〇〇円コーナーで気が留まったら買う程度。だと思っていたのだが、ふと著作リストでチェックしてみたらその過半数を読んでいた。

彼女に対する印象は「世渡りの上手な人なんだろうな(戦略的だという、いい意味で)」と「そんなに死ぬのが怖いのかなぁ」だった。
これらの印象は、もしかしたら彼女の読者の一般的なイメージとは正反対かもしれないが。
もちろん、古今東西の哲学者が死とは何かという問題を扱っているのであって、彼女が「人は自らの死を体験できないのだから多くの人が死を怖れているのは奇妙なことだ」という趣旨の発言を繰り返しているのを単純に指して、私が逆にそういう印象を持っていたと言うのではない。
ただ、彼女が四十六歳で若くして逝ったことを報道で知った時、「そんなに死ぬのが怖いのかなぁ」との印象を彼女に対して持っていたことを申し訳なく思っていた。
昨日、たまたま彼女の著作『暮らしの哲学』をブックオフで見つけて買った。亡くなる直前までの最期の一年間の週刊誌連載をまとめた本だ。
春四月に掲載されたその第一回は「年寄りや余命おぼつかない人は来年も眺めることができるだろうかという思いで桜を見る」ことについて。
これまで論理的な哲学思考でそういう感傷を否定してきた著者が、「年齢のせい」か理解できなくもないと感じるようになったと記している。

彼女の腎臓がんが発覚したのは新聞記事によるとその年の夏だそうだから、つまり第一回を書いている時点では、自分自身に死が迫っていることを知らなかった。
余命を悟ってから心境が変化したのではなく、それよりも前に、「来年の桜も見たい」という、死に向う者の魂から滲む希望に彼女が共感したこと、そのことを正直に表明したことに私は心動かされた。
あるいは、科学的・医学的に判明したのは夏であったが、その年の春に桜を見た時にはもう、本人には無意識にわかっていたのかもしれない。
そして、彼女は「来年の桜」を見ることなく、翌年2月23日に亡くなったという。

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

MK新聞への大西信夫さんの連載記事

1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)

 

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