三上智恵著「証言 沖縄スパイ戦史」(集英社新書)を読む【上】|MK新聞連載記事
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MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、ジャーナリストの加藤勝美氏による連載記事を掲載しています。
MK新聞2022年2月1日号の掲載記事です。
やーさぬ パンドラの封印をはがず ―三上智恵著『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)を読む
机に立つほどの資料
ジャーナリストで映画監督の三上智恵が2020年に著した『証言 沖絶スパイ戦史』(以下『証言』)は、新書版で750ページの大冊である。
著者自らあとがきで述べているように、大矢英代(『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』の作者)との共同監督で完成させたドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」に要したインタビュー取材での資料証言をまとめるだけでも大変な量になるので、この本のための追加取材は最小限にしようと思ったが、終わってみれば机の上に立つほどの厚さになっていたという。
軍隊が来れば必ず情報機関が入り込み、住民を巻き込んだ「秘密戦」が始まる。
著者がこの本の冒頭でいきなり言い宣べているこの信念とも定理ともつかない一行は、著者10年に及ぶ沖縄戦・陸軍中野学校・少年護郷隊への取材で確信したものらしい。
この背景には2015年以降に顕著になった、沖縄諸島の与那国島・宮古島・石垣島などへの日本政府による自衛隊基地造成といった、現実的動向への“まさかまたか”という驚きがあった。
現地で始められた住民投票運動の終着するところ、あの75年前の沖縄戦に現れ、末期の軍民かまわぬ相互虐殺を加速させた「スパイリスト」なる鵺(ぬえ)が再来してくるのではないか。
正規軍がやらない裏の戦争に暗躍する日本軍の「情報機関」が再び沖縄の地に未成年の少年ゲリラ兵を蘇らせるのではないか。
著者三上智恵の深い憂慮に連れられて読者は『証言』のページを開けるのである。
沖縄戦開始前に特務隊が暗躍
1943(昭和18)年1月、沖縄県宮古島・石垣島で日本海軍飛行場の建設開始。同年3月、沖縄本島の読谷と伊江島へ日本陸軍飛行場建設のため、労務者の徴用開始。
赤い花なすこの島こそは
我ら故郷の沖縄島
運命かけたる沖縄島に
我ら召されて護郷の戦士
ひとくちに沖縄島の地図を広げようにも一筋縄ではいかない。
東京から九州最南端の鹿児島県佐多岬までと、目尺ではあるが同じほどの距離にある台湾国境に近い先島諸島与那国島まで、種子島・屋久島を背にしてトカラ諸島、奄美諸島、沖縄諸島、先島諸島と総じて南西諸島(琉球弧)を南下しなければならないからである。
琉球弧のほぼ中央部に沖縄本島(沖縄島)が位置している。
縦長のハブの形をした島である。
首里城や県庁所在地の那覇市を中心とする南部、読谷(よみたん)や嘉手納(かでな)の両飛行場を擁した中部、そして金武(きん)、恩納(おんな)、宜野座(ぎのざ)から始まり最北端国頭村(くにがみそん)辺(へ)戸(ど)岬(みさき)までの“やんばる”と呼ばれる山林原野多い地域が北部である。
晴れた日には辺戸岬から奄美諸島ヨロン(与論)が遠望できる。その海上の道に鹿児島と沖縄の県境が横切っている。
沖縄本島を航空写真でも撮るように俯瞰すると、金武・恩納の下に異様に細い、人の身体でいえばウエストの一番細くくびれた箇所が目につく。
恩納村の海岸つたい仲泊(なかどまり)から正反対東の海側石川までの平地帯である。
沖縄戦での米軍はハブの腰を折って身動きできないようにするように、その平地帯に押し入って国境警備型南北両進可能な布陣を敷いた。
大本営参謀本部直轄の特殊任務部隊(「特務隊」)は陸軍中野学校出身者で担われる。
特殊任務とは秘密戦、防諜、諜報、策略、宣伝を主任務とし、情報を大本営に送る。時に敵の内部から撹乱崩壊させる。
職務継続のためにはまず生き延びることが先決である。こうした裏部隊の仕事に撤する「特務隊」が、正規軍の要請でゲリラ活動に入る事例が出始めているとすれば、主従の関係からいって正規軍の弱体化を意味する徴候である。
「特務隊」は沖縄戦が始まる前から暗躍し、ニューギニア・フィリピンに第一遊撃隊、インドネシア(モロタイ島)に第二遊撃隊がそれぞれ配備され、米軍相手に原住民を交えてゲリラ戦を展開していた。
沖縄戦にも「特務隊」の遊撃行動が求められるのは時間の問題だった。
しかし不測の事態も考えられる戦闘行為とシンクタンクの末端に徹しなければならない通信作業は可能なのかという問題は切迫し続けてくるだろう。
評者:張間隆蔵
自然遺産奄美住用マングローブ原生林ガイド(マングローブ茶屋所属)。
戦時下米軍大阪大空襲から逃げるべく両親が疎開した先の鳥取県西伯郡の片田舎に1945(昭和20)年1月生まれる。
終戦後、焼野原の大阪市此花区の実家に戻って家族生活再開。
1967(昭和42)年2月、大阪市立大学文学部処分退学。
1968(昭和43)年より東京にて商社勤務。
その傍ら日本近代史諸学を研鑽。同人誌「出立」を主宰して『審問』などを発表。
2000(平成12)年より奄美本島住用村に移住し、マングローブ踏査研究に従事。
琉球弧沖縄に関心を寄せる
著者:三上 智恵
ジャーナリスト、映画監督。
元琉球朝日放送(QAB)アナウンサー。毎日放送を経て、1995年のQAB開局からキャスターを務める。
2012年の監督作品『標的の村』が反響を呼び、劇場映画として公開。
キネマ旬報文化映画部門1位、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル大賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞など17の賞を獲得。
2014年にQABを退職後、第1作となる『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』を2015年5月に公開。
成城大学および沖縄国際大学大学院で沖縄民俗学(シャーマニズム)を専攻し、現在も沖縄国際大学で非常勤講師を務めながらフィールドワークを継続している。
書誌情報
著者:三上智恵
出版社:集英社
発売日:2020年2月17日
価格:1,870円
受賞:
第20回石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞 草の根民主主義部門 大賞(早稲田大学)
第7回城山三郎賞受賞(角川文化振興財団)
第63回JCJ賞受賞(日本ジャーナリスト会議)
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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について
ジャーナリスト。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。
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2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)