アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑤『戦争ストレスと神経症』他から|MK新聞連載記事

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アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑤『戦争ストレスと神経症』他から|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、ジャーナリストの加藤勝美氏による連載記事を掲載しています。
MK新聞2019年5月1日号の掲載記事です。

 

 

アメリカ反戦兵士たちに寄り添うために⑤『戦争ストレスと神経症』『PTSDの医療人類学』『心的外傷と回復』他から

これまでヴェトナム戦争を中心に兵士たちの姿といくつかの証言を見てきたが、この回は兵士たちが蒙った、いまだ蒙りつつあるPTSDについて考えたい。
目を通した数冊の関連著書の中で最も早い時期のものがエイブラム・カーディナー『戦争ストレスと神経症』で、原著の初版が1941年(中井久夫・加藤寛訳、みすず書房、2004)。

PTSD概念の源泉

兵士は無記名の存在であるが、そのために自己価値感情を失い、人間以下になったと思う者がいる。平生の倫理的・道徳的価値観が通用しなくなることが終生消えないトラウマとなる兵士も少なくない。…最大のストレスは全面的あるいは部分的自己破壊という現実の危険である。…休息、睡眠、食事、性の満足も、戦争においては一切が顧慮されない。生理学的身体は強烈なストレスを受ける(16ページ~)。

著者は1891年ニューヨークの下町イーストサイド生まれ、両親はともにウクライナから渡米したユダヤ人。
戦争神経症患者を3年間診察し、この本の臨床的基盤となった。
訳者の中井によると、「本書が名高いのは精神医学史上、PTSD(心的外傷後ストレス障害)概念の源泉となったことである」(370ページ)。1981年没。

次は原著が1978年のチャールズ・R・フィグレー編『ベトナム戦争神経症』(辰沼利彦監訳、岩崎学術出版社、1984)。

戦争に対する幻滅が急激に増大し、士気は衰え、時にそれは上官への反乱となり、下士官が将校を手榴弾で殺傷することが増えてきた。ヘロインの常用も爆発的に広がり、100%の兵隊がヘロイン中毒になった部隊もあった(5ページ)。

 

軍事精神医学の誤り

3冊目は原著が1995年のアラン・ヤング『PTSDの医療人類学』。
1938年、フィラデルフィア生まれ。

PTSDという診断名の発祥はベトナム強争からの復員軍人の人生と切っても切れない関係にある。まず、戦闘員としての体験であり、次には復員軍人局医療システムの患者としての体験である(148ページ)。

ヤングはヒロシマの被害者についての著作『生の中の死』(Death in Life、1968)によって広く称賛されたロバート・リフトンの著書『戦いより還る』(Home from the War、1973)から、軍事精神医学が道徳的にも臨床的にも誤っているという告発を紹介している。
リフトンは『アメリカ精神医学雑誌』に掲載された2つの論文を俎上にあげ、

「ともに戦争神経症を完封し、障害を起こした兵士を迅速に戦場に復帰させる上で精神医学がいかに役立ったかと吹聴し、特に恥ずべきは患者兵士の利益でなく軍の利益の弁護人となり下がっている」(149ページ)。

ヤングの著書の訳者の一人、中井久夫は「訳者あとがき」でこう述べる。
米国はその「進歩と繁栄を維持するために必要な人物」を徴兵免除し、また、富裕階級の多くは子弟を州兵に入れるなど、様々な手段で徴兵逃れを図った。
1970年代は、米国に様々な亀裂が生じた時代である。PTSDもそれを癒そうとする一つの試みであった。
これは、フェミニズム運動が性的外傷後のストレス症状はこれと同一であるという発見を生み、精神医学に外傷の重要性を再認識させた」(489ページ)。
訳書2001年、みすず書房。

戦争帰還兵とレイプ被害者の心理学的症候群の同一性

4冊目がジュディス・ハーマン『心的外傷と回復』(中井久夫訳、みすず書房、1996)。
これは原著の出版が1992年だから、アラン・ヤングの『PTSDの医療人類学』より4年遅いが、本稿では中心に置かれるべき文献。
彼女は1942年、ニューヨーク市生まれ、1964年にマサチューセッツ州ケンブリッジの名門女子大ラドクリフ・カレッジを卒業、ボストン市のハーヴァード大学医学部に入学、1968年に卒業、マサチューセッツ州サマーヴィル市女性精神保健共同体の創立メンバーで、ボストン市の被殴打女性の避難所カサ・ミルナ・バケスの嘱託精神科医を務めたこともある(398ページ)。
「1980年以後になって、ベトナム戦争からの帰還兵の努力によって「外傷後ストレス障害」概念が公認されるようになってから、ようやく、レイプ、家庭内暴力、近親姦後、生存者たちに見られる心理学的症候群と本質的に同一であることが明らかとなった」(44ページ)。
この本はその視点で貫かれている。

「傷後障害のリスクは、生存者が単に受け身的な目撃者ではなく、無残な死あるいは残虐行為に積極的に加わった場合に最も大きい。戦闘の場に置かれたための外傷は、無残な死の高尚な価値や意味づけによる合理化がもはやできなくなると一層深くなる。…無意味な悪業に関与することによって長期にわたって心理学的ダメージを受けやすい脆弱さが生まれる。…残虐行為に関与したことを認めた兵士のすべてに、戦争終結後十年以上経過した時点でもPTSDがあるという(80ページ)。

アン・バージェスとリンダ・ホルムストロームは病院の救急部に運ばれてきたレイプ被害者に面接して、被害の直後においてはすべての女性がPTSDの症状を呈していたことをみいだしている。…レイプの本質は個人を身体的、心理的、社会的に犯すことである。その目的は被害者を奇襲し、支配し、屈従さぜること、全く孤立無援状態にしてしまうことである。レイプは本質的に心的外傷をつくるように意図的に仕組まれた行為である(85ページ)。

ソーシャル・ワーカーのサラ・ヘイリーは帰還兵についてこう述べる。

治療の手始めは治療者が自分白身のサディスティックな感情から目をそらさずに、これと対決することであった。極度の心身のストレス状況において、しかも殺人を公式に許可され激励さえされる空気の中では、自分も簡単に人が殺せるだろうという可能性を思い浮かべなければならない(224ページ)。

 

回復への道“結びつき”

ジュディスは言う。

(レイプの加害者を)告訴するかどうかも、被害者の選択にゆだねるべきである。告訴するという決断は理想としては社会的復権への扉を開くはずである。しかし、現実には、司法は被害者に冷淡、さらには敵対的であるかもしれない。最もましな場合でも、被害者は自分の回復の時間表と法廷の時間表との間に非常なギャップがあるものと覚悟しなければならない。彼女の安全感確立の努力は法廷の審理によってまず水泡に帰すると言ってよい(256ページ)。

帰還兵の一人ケン・スミスはホームレス帰還兵の救護と社会復帰のモデル・センター長だが、自分の仕事を支え、力を与えてくれているのは「人と人との魂相互の結びつき」の感覚であるという(331ページ)。
別の帰還兵はグループでの体験について「それは相互的だった。僕が彼らに与え、彼らが僕に与えてくれる。それは“ワオ!!”だった」(343ページ)。

ある近親姦被害者もグループに参加することで付きまとっていた疫病神の孤立感を打ち破って外に出ることができた。
「人生で初めて私は本当に何かに所属した。ありのままの自分で受け入れられると感じている」と語っている(342ページ)。
それを踏まえてジュディスは言う。

生存者は外傷は取り消しが効かないこと、賠償の願いも復讐の願望もともに充たされえないことを認識するようになっている。生存者は社会正義という抽象的原理の意義を再発見する。それは自分一人のものであった不幸を自分以外の人びとの不幸に結び付ける(332ページ)。

本書は被害者の社会復帰について様々な具体例を通して論じており、多くの示唆に富んでいる。

(2019年4月6日記)

 

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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ジャーナリスト。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

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1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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