南アフリカ見てある記|MK新聞連載記事

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南アフリカ見てある記|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏よりの寄稿記事を掲載しています。
梅本恵子さんの南アフリカより記事です。
MK新聞2017年1月1日号の掲載記事です。

南アフリカ見てある記

ジャカランダ

ジャカランダ

草花大好きの私が長年憧れてきた世界三大名木の1つジャカランダにひと目逢いたくて、ツアーに1人乗っかり南アフリカに出かけた。
日本とは逆の春、花の開花期の10月8日午後6時、キャセイパシフィック航空機で、空へ飛び立つ。
香港まで3時間55分。そこで3時間後、南アフリカ航空機に乗り継ぎ13時間10分をかけてヨハネスブルクへ。

長い機中、もっぱら読書と機内食で過ごしたが、ひとつ愉快なことがあった。
私の読んでいた本『自衛隊の闇』(大島千佳著)の表紙を見たのだろう。
隣席の中国人の青年らが「じえいたい」と言いつつ私に、手のひらに指で「自卫队」と書いて示すのだ。
慌ててメモ帳を出し、にわか草の根国際交流と相成った。
「謝謝」「再見」から始め、「手紙」は「サパー」と言いながら口をぬぐうしぐさをするのは、紙ナプキンの類のことか。
「汽車」には即「トヨタ」ときたのは、おかしかった。
それにしても彼らは、どこへ何しに行くのか。コミュニケーションができず残念だった。

ヨハネスブルグ(南アフリカ最大の経済都市)空港に到着したのは、時差7時間のため10月9日の午前7時5分。
休憩もなくすぐバスでプレトリア(南アフリカの行政上の首都)へ移動する。
南国風の草木、畑地、荒地はあるにはあったが、ここがアフリカかと見紛うような都会風景には驚いた。
しかし、それは浅はかな私の認識不足だった。アフリカでも南アフリカは、白人による国の中枢支配の歴史が長く、オランダやイギリスなどから多くの人たちが入り住みつき、また、2010年にサッカーのワールドカップが開催されたこともあって、今では治安も比較的よい観光都市、リゾート地となっているのだった。
ただ、ここも御多分に洩れず貧富の差が大きく、身も心も躍らせながら歩んだ紫色に染まるジャカランダの並木道の周辺には、広く大きく豪勢な家々が建ち並び、それらの家々を囲むどの壁にも「デンジャラス・エレクトリックフェンス」と目立つ黄色の警告板を掲げた金属線を細かく張り巡らせたフェンスが取り付けられているのはショックだった。
おまけに敷地内に見るからに獰猛そうなうなり声を上げて吠え立てる犬数匹が放し飼いにされ、その上に、ご丁寧にもガードマンさえ飼って、いた、いる家。
どんなあくどいことをした輩たちの所有する家々かと尋ねると、元政府関係の人々のものだという。
さもありなん、ああ、いずこも同じかとため息が出る。
そこから行政官庁の集まる・ビルディングに立ち寄り、かの元大統領ネルソン・マンデラが就任演説を行ったという場に立つ文字通り巨大な彼の像の左足に抱きついたりもして(かなり重度のミーハーだ)日が暮れた。

カーステンボッシュ国立植物園

カーステンボッシュ国立植物園

10月10日、ケープタウン観光へ。
この町は南アフリカ発祥の地で、ケープ半島がインド洋と大西洋が出合う岬(希望峰)ゆえ食糧基地として発展したという。
まず、ケーブルカーでこの町の象徴的な存在の山と言われるテーブルマウンテンへ登り、街を一望するはずが、海からの風が強く3日に2日は運休するということで風がやむチャンスを待ったが断念し、代わりに街の周辺をドライブし、オランダ風や英国調の優雅な家々町々や、国家であるキング・プロテアの咲く、人の手を加えず野生に生息する珍しい草花の見られるカーステンボッシュ国立植物園などを観光した。
さらに移動し、パステルカラーの四角いこじんまりかわいらしい家の並ぶマレー・クオーターへ。
17世紀にオランダ人に奴隷として連れてこられたインド人やマレーシア人たち、元カラードの地区だそうだが、これらの家々も最近は富裕層に買われつつあるとか。
そこから少し走ると、町の四つ辻の石垣にじっと腰かけている男たちが目につき始めた。
彼らは通りかかる車から1日1ドルぐらいで新聞売り、窓ガラス拭き、掃除の仕事の口がかかるのを待ち受けているそうだ。建設現場で5ドルとか。

ケープタウンとテーブルマウンテン

ケープタウンとテーブルマウンテン

ケープタウンの希望峰はアフリカの最南端と習ってきたけど、実はそうではなくすぐ近くに最南端の岬があり、正確には最南西端ということだった。
しばし種々のドラマを秘めたダイナミックな海に思いを馳せた。
午後訪れたボルダーズ・ビーチが思いの外よかった。60㎝ぐらいの小さなペンギンたちが、自然の中でちょこまかちょこまか思い思いに動き回り海に潜りとくつろいでいる様子やしぐさが、ひたすら愛らしくかわいらしく随分、癒された。

さて、世界三大瀑布の一つ。
ビクトリアの滝を観る次の日は午前4時ホテル出発と超忙しかった。
なぜなら、滝をザンビアとジンバプエの両側から眺めるために。
空路ヨハネスブルグへ飛び、空港機を乗り継いでリビングストンへ。
両国への入国、出国(査証代前者80ドル、降者45ドル)手続きのために30度を超える屋外に並び待たされ、挙句の果て、今は乾期でザンビア側はほとんど水がなく滝が流れ落ちる手前のところでは水浴びする人たちがいる始末。
かろうじてジンバブエ側の滝を虹と共に鑑賞したが、ナイアガラの滝の迫力に圧倒され済みの私には物たりず時々しぶきの降りかかる周辺の散策路を歩き回って楽しんだ。
そして、オプショナルのヘリコプター遊覧飛行はパスした。

5日目は、いよいよボツワナのチョベ国立公園へサファリドライブとボートサファリに。
マラリア蚊、虫、埃よけネット付き帽子をおもむろに取り出しさっそうとかぶり、どこの深窓の令嬢か(老嬢ではない!)とみんなの注目を浴びつつ気分よく、しゅぱぁつ。靴裏の消毒を済ませ、屋根がオープンタイプのジープに分乗する。
さすがジープの運転手はプロだけあってデコボコ道もスピードを緩めずジャカスカ走り、下手なジェットコースターよりスリル満点で、十二分にドライブを堪能させてもらった。
さらに、目当ての動物のいそうな場所、時間帯をよく知っていて、お陰でゾウ、キリン、ライオン、バッファロー、バブーン、カバ、ワニ、エトセトラ、エトセトラ(あ、そういえばトラはいなかった)、直にまた双眼鏡を通して10数種類も見ることができた。
しかも、大自然の中で動物本来のありのままの生きる姿を。
なんとも壮観で「余は満足じゃ」と一匹の獣となって叫びたくなった。

夢のような日々は瞬く間に過ぎ、13日にはリビングストンからヨハネスブルグに戻り、往路と同じ長時間にわたる機中の人となる。
宮殿のような豪華な佇まいでありながら、扉のないところから、また窓から野生小動物が闖入したり、挨拶に訪れたりする開放的な雰囲気のホテル。
多様で多量の美味な料理。ここに来るまでは想像もしなかったこんな世界があるのだと改めて南アフリカの大地と歴史について思い返してみた。
関空帰着、午後9時10分。
京都に帰るころには終バス、地下鉄の便もないのでMKスカイゲイトシャトルのお世話になって(頼まれもしないのに、しっかりコマーシャル!)無事、真夜中の0時5分帰還。

 

MK新聞について

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「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
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40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄」(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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