「頭をガツン」とやられる難民たちのエネルギー|MK新聞連載記事

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「頭をガツン」とやられる難民たちのエネルギー|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏よりの寄稿記事を掲載しています。
坂口裕彦著「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」の書評です。
MK新聞2016年12月1日号の掲載記事です。

「頭をガツン」とやられる難民たちのエネルギー

坂口 裕彦 著『ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く』(岩波新書 2016年10月刊)

坂口 裕彦 著『ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く』(岩波新書 2016年10月刊)

著者は1976年生まれだから、今年でちょうど40歳、毎日新聞社のウィーン特派員だった。
単なる報道ではなく、ヨーロッパへ向かう一組の家族と行動を共にする同時進行ルポ。
テレビなどで日本人にもすでに馴染みとなっているように、現場は大混乱のさなか、はぐれる可能性もある。
しかし、「せっかくのアイデアに手をつけないままに終わらせるのも惜しい」。
かくして、ヨーロッパの玄関口、ギリシャのレスボス島に向かう。バックパックにキャリーバッグ。
次々に断られながらも、昨2015年11月2日、アフガニスタン出身のアリ・バグリさん(30)が笑顔で同行取材に応じてくれた。
妻タヘリー・カゼミ(28)、一人娘フェレシュテちゃん(4)の3人に密着、「その日起こったことはその日のうちに記録する」

アリさん夫婦はアフガニスタンから2010年にイランへ逃れたハザラ人で、娘はイラン生まれ。
一ヵ月前にイランを出て、ギリシャまでの費用は日本円で大人一人で約36万円。
「ドイツに行けば新しい道が開ける」と彼の表情は輝くばかり。
フェリーに乗ったが、船員が「おれたちはストライキに入る。出港とりやめ」と宣告された。
アリさんは「仕方ない」と悲壮感はない。記者はバスを待つ人たちの朗らかさに「ピクニック」を連想したという。
船員は言う、「こっちも生活がかかっている。ユーロ危機でこの国の経済はぐちゃぐちゃだ」。
難民キャンプの前では島の19歳の女性が携帯電話のSIMカードをせっせと売り、両替人はユーロへの両替で荒稼ぎ。難民ビジネスだ。
5日後、ストが終わり、フェリーはピレウス港着。
ここからバルカン半島を陸路で北上するのだが、アリさんたちの一群は停車しているバスに一斉に突進、バスが地下鉄の駅に到着すると、そこには地元のアフガン人が待っていた。

人々は切符を買うそぶりさえ見せず、列車へなだれ込む。無賃乗車だ。
難民・移民で満員の中、「ビクトリア」の声が響き、みなビクトリア駅で下車。
「アリさん一家は完全に人々の流れに身をゆだねている(p.45)」。
そしてマケドニア国境に向かうバスから見えるのはあばらやのような家々、朽ち果てた町工場。
実は、この頃にはアリさんとははぐれていて、5日ぶりに電話が来た時は「もうドイツに着いています」。記者はまだオーストリア。
こうして北部のリンツからシュツットガルトにいるらしいアリさんを追いかけて、着いてわかったのは、そこから70kmも離れた場所の一時収容施設にいることで、そこに3000人がいた。ようやくのことで一家と再会、その元気な姿の写真(p.117)を見た時はこちらが思わず涙ぐんでしまった。

ハンガリーで政府はブタペスト駅を一時封鎖し、さらに西側に向かう国際列車をすべて運行停止にした。
その4日後、駅で野宿していた数千人が、250km離れたウィーンを目指して歩き始め、政府はあわててバス100台を手配し、オーストリア国境へ送り出した。
記者は「夢にも思っていなかった展開に、頭をガツンとやられた気分だった」。
ドイツ南部の地方都市チュービンゲンで4ヵ月ぶりに再会できたのは今年の3月だった。仮住まいのアパート1階には3部屋があって3家族が入り、1家族10畳程の部屋が「自宅」になる。
トイレ、シャワー、洗濯機は共用。難民審査をここで待つ。アリ夫婦は週に4回、難民申請者向けのドイツ語教室にバスで通う。
1回2時間半で無料。家賃、電気代は国が負担し、一家に月800ユーロ(10万4千円)が支給され、これで食費、交通費を賄う、記者は心の中で「そんなにもらっているのか」。
というのも、ウィーンで15年7月に支局のアシスタント1名を募集したところ、週3日のパートタイムに20代を中心に70人余りの応募があったからだ。
大学院卒の人もいた。さらに15年11月のパリでの体験もある。
中心部での武装グループの襲撃で130人が死亡した事件。実行犯にはフランス、ベルギーの若者がいた。
この年の1月にも週刊誌『シャルリーエブド』襲撃事件があり、記者は応援出張でフランス人助手とパリ郊外を訪れている。
移民が大半を占める最貧困地域に入るやイスラムの若者4人に囲まれた。
「この間も記者を袋叩きにした。お前らを殺してもいいんだ」という憎悪のまなざし。
幸い通りかかった男性のおかげで命拾いをしたが、その男性は「ここは行政から見捨てられている。急患にも医者は来ない、移民の若者が大学を卒業して就職先を探しても、出身地を記した履歴書はゴミ箱行きだ。早く立ち去りなさい」(p.83~84)と、声をひそめて話してくれた。

ドイツ南部の一時収容施設で暮らしているアリさん一家

ドイツ南部の一時収容施設で暮らしているアリさん一家

さて、アリさんたちだが、難民申請がうまくいかないこともあり得る。
「だめならアフガンに帰るしかない」と淡々と語ってくれた。
ドイツの憲法に当たる基本法では「政治的に迫害されているものは庇護権を享受する」と定められ、「難民申請の権利」も定められている。

2012年にはEUがノーベル平和賞を授与されていたことは、なぜか私の記憶からはすっかり消え去っていた。
ハラハラさせられ通しの内容を要約するのは不可能だが、記者の坂口さんと、その企てを認めた毎日新聞にも賞賛の拍手を贈りたい。
だが、「あとがき」にはまったく予想外のことが記されていて、言葉を失ってしまった。(2016年11月11日記)

【付記】

記者が取材したフランスの事件についてはE・トッド『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧』(堀茂樹訳、文春新書、2016年刊)に学問的に裏付けられた見事な分析があり、EU問題についてはW・シュトレーク『時間稼ぎの資本主義』(みすず書房、同)が説得的。
ところで、予想を覆したトランプに勝利をもたらしたのは見捨てられたと感じている白人中間層だったという。
敵としてイスラムや移民の排斥を唱え、p・・・・という放送禁止用語を公衆の前で平然と口にする行儀の悪さも、彼らの非抑圧感を解放したのかもしれない。
だが、イギリスのEUからの離脱、それ以前のアラブの春の噴火、IS(イスラミック・ステート)の突然の出現について、支配層も関係分野の専門家たちの誰も予想できなかったのではないか。

 

MK新聞について

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「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
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フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄」(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

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