タンザニアの空に連凧を揚げる|MK新聞連載記事

よみもの
タンザニアの空に連凧を揚げる|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、フリージャーナリストの加藤勝美氏よりの寄稿記事を掲載しています。
大阪友の会幼児生活団の鈴木昌子氏による「タンザニアの空に連凧を揚げる」の記事です。
MK新聞2015年5月1日号の掲載記事です。

タンザニアの空に連凧を揚げる

2年ばかり、年に1~2度海外旅行に行っている。
還暦を過ぎたとはいえ仕事があるので、夏休みなどの長期休暇を利用しての旅行になるため、行きたいところよりも日程が優先される場合が多い。
今回のタンザニア旅行は、ふと目にしたチラシがきっかけだった。
初めてのアフリカということ、観光旅行だけでなく農村滞在ができるということ、タンザニアへの思い入れの強い人たちがタンザニアの人たちにも益となるように考えているツアーらしいということに興味をそそられて参加することにした。

子どもたちが皆で遊べるもの

出発の1ヶ月ほど前に関西から出発する人たちが集まってオリエンテーションがあった。
その時に、現地で気をつけること(マラリア対策など)などをお聞きしたが、農村滞在の際、子どもたちが集まってくるので、皆で遊べるものを用意していくといいというアドバイスを受けた。
折り紙、お手玉……なども考えてみたが、凧(たこ)にしようと思った。
というのは、仕事先に凧作りに関しては40年以上の今年81歳になられた大先輩がおられるのだが、その方が旅行先で連凧をあげるのを今も続けておられることに影響されてというのがある。
モンゴルやアメリカには何度も行かれ、昨年は帆船で地中海をめぐられたがその時も船上から連凧をあげたというのだ。
凧には、その国の国旗と日本の国旗を描いてつなげて何十枚もあげるのである。
青空に長く連なる様子は、結構圧巻である。私はそのT先輩ほどたくさんの凧は作れないが、30枚くらいはつなげて、広い空を泳ぐ凧を見ながらタンザニアと日本の友好の気持ちが通じればいいなぁと思ったのである。
あまり時間的な余裕がないけれど作ってみようと思い、材料はそのT先輩にお願いして分けて頂いた。

タンザニア国旗

タンザニア国旗

凧を作る

凧作りは、凧に模様を描くことから始まる。
国旗を描くために調べるとどの国旗もその国の成り立ちをあらわしていることがわかる。
タンザニアの場合、真ん中を斜めに黒の帯があり、その上下に細い黄色の帯、その左上が緑、右下が青である。
緑が国土と農業、黄色が鉱物資源、黒が国民、青がインド洋を表している。
実際に訪れてみて、その通りの国だと思った。
模様が描けたら寸法に切った竹ひごを組み合わせて骨にして凧に仕上げ、連凧になるようにつなげて完成である。
糸が絡まったり、ひごが折れたりするとあがらないので、ちょうどいい大きさの段ボール箱にそっと納めて機内持込荷物とした。

試し揚げをする時間もなく出発となったので本当にあがってくれるのかどうか心配だったので、村に行く前に観光で訪れたバガモヨの海岸で試みたが、風がなく失敗。
こればっかりは、いい風が吹いてくれないとあがらないのである。
どきどきしながら訪問先のキンゴルウィラ村に着く。
2日目、すぐ近くの小学校でその時を迎えた。

3人掛けの机、教室いっぱいの生徒たち

3人掛けの机、教室いっぱいの生徒たち

いよいよ連凧あげ

案内された組は、7年生のクラス(だったと思う)。
中学1年に当たる子どもたちだと思われる。
1クラス100人近い子ども達(93人だった。欠席者もあった。在席は114人のクラスだそう)、戦後の団塊世代でもせいぜい50~60人だったろうと思うが、子どもたちで教室はあふれんばかり。
しかもどの子の瞳もキラキラしている。
子どもたちに、将来就きたい仕事についてやタンザニアが誇れるもの、日本について知っていることなどを質問したり、彼らが日本について聞きたいことに答えたりしたが、なかでもタンザニアで問題だと思うことを聞いたとき、政治家の汚職、腐敗、子どもの権利条約や教育が保障されていないことと答えた子どもがいた。
教師や法律家、大統領になりたいと言っていた子どもたちが、きっとそれらの問題を解決していくことだろう、タンザニアの将来は有望であると彼らの真っすぐな視線の中に感じた。

校庭で凧があがりました(撮影:荒井秀俊)

校庭で凧があがりました(撮影:荒井秀俊)

さて、いよいよ連凧あげの時間となる。
皆、校庭に出て並んで待っててくれる中、焦ってしまい、糸が絡んでしまってするすると出てこない。
インターンの石原さんも手伝ってくれて何とか1~2分はあがった。
1~2分で終わったのは、やはり風があまりなかったから。(ということにしておく。技術的なこと、風を受ける方向を見極めるなど、足りなかった点もある)
一瞬歓声が上がったが、すぐに落下してしまったのでちょっとがっかりだったが、つないだ凧を1枚1枚分けて一人であげられるように糸をつけ直して渡したが、何しろこの人数である。
皆に手渡すことができず、争奪戦の事態を招き、その中で凧の骨が折れてしまうという事態に至ったものもあり、反省材料となった。
連凧のまま先生にお渡しして、風のあるときにまたあげていただくようにしたらよかったと思った。
どんな子どもたちと出会うのか、年齢、人数のことなど、わからないままでの準備だったが、その場での臨機応変の対処がまずかったと反省した。
1ヵ月かけて用意した連凧がうまくいかず残念な思いが残ったが、失敗からしか学べない、という某企業のトップの言葉を自分自身に言い聞かせた。

凧を1枚ずつ分けているところ

凧を1枚ずつ分けているところ

子どもたちへ

村に滞在中に感じたのは、子どもたちがどこからともなく湧いて出てくるようにたくさんいたことだ。
お世話になった家の向かいが小学校ということもあってか、朝7時過ぎから三々五々子どもたちが集まってくる。
使っている文房具や着ているものは明らかに中古品でまだまだ貧しさが見て取れるが、この子どもたちが教育をしっかり受けて国や社会のために働くようになったら有力な国となるだろう。
学校訪問の翌日、日本語で「おはよう」「こんにちは」と挨拶を交わしてくれた。他の観光地でも校外学習の子どもたちと出会うことがあったが、日本人と思って日本語で挨拶をしてくれる子どもたちがいた。
無邪気に声をかけてくれる子どもたちに出会うと本当にうれしい。
日本、タンザニアという国を超えて、同じ時代にこの地球に生きる一人ひとりとして、幸せに生きてほしいと思う。

幼児生活団のこと

最後にT先輩や私が関わっている仕事先について。
私達は、大阪友の会幼児生活団というところで働いている。
幼稚園や保育園とは異なる幼児教育の場である。
どう違うのかというと、毎日行くところではないということが一番違うことか。
3歳児から5歳児の3年間の一貫教育を行っている。
経営母体は、最近NHKの番組「あさイチ」に時々登場するスーパー主婦の活動する友の会(創刊112年になる雑誌「婦人之友」の愛読者の集まり)で、東京の自由学園の幼児生活団が1939年に始まったのを機に大阪では1940年に創られた。
教育理念は、「よく教育するとはよく生活させることである」という羽仁(はに)もと子の教育思想に基づいている。
子どもたちが自らよい生活習慣を身につけ、心も身体もひとり立ちの基礎を築いていけるように願っている。
全国に12ヵ所あるが、年少に当たる年の1年間の4歳児グループというのも8ヵ所ある。
関西には、大阪のほか西宮、神戸に生活団が、京都と奈良に4歳児グループがある。
ちなみに、京都在住の作家のいしいしんじ氏は、大阪の生活団の卒業生です。作品の中に生活団のことが出てくるものもある。

大阪友の会幼児生活団のホームページ
http://www.seikatsudan.org/

 

MK新聞について

MK新聞とは

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

 

フリージャーナリスト・加藤勝美氏について

ペシャワール会北摂大阪。
1937年、秋田市生まれ。大阪市立大学経済学部卒
月刊誌『オール関西』編集部、在阪出版社編集長を経て、1982年からフリー
著書に『MKの奇蹟』(ジャテック出版 1985年)、『MK青木定雄のタクシー革命』(東洋経済新報社 1994年)、『ある少年の夢―稲盛和夫創業の原点』(出版文化社 2004年)、『愛知大学を創った男たち』(2011年 愛知大学)など多数。

MK新聞への連載記事

1985年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。

1985年11月7日号~1995年9月10日号 「関西おんな智人抄」(204回連載)
1985年10月10日号~1999年1月1日号 「関西の個性」(39回連載)
1997年1月16日号~3月16日号 「ピョンヤン紀行」(5回連載)
1999年3月1日号~2012年12月1日 「風の行方」(81回連載)
2013年6月1日号~現在 「特定の表題なし」(連載中)

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。