自給自足の山里から【170】「眠りから覚めるとき」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【170】「眠りから覚めるとき」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2013年4月1日号の掲載記事です。

絵描き百姓 大森梨紗さんの執筆です。

大森梨紗子・絵

大森梨紗子・絵

眠りから覚めるとき

ピピピ…チチ…。3月になると、雪深いこの山でも暖かな陽気の日が増え、身体がうずうずし自然と外へ向かっていく。
そして、きょろきょろと思わず探してしまうのは、ふきのとう。はこべやせり、ほとけのざも顔を出している。長い冬を越えて、また会えた草たちのかわいらしさに、まるで久しぶりの友人に再会したようなうれしい気持ち。
春一番の野草はアクが少ないのでそのまま刻み、はらりとお汁に散らし、春の香りとほんのりとした苦みもいただく。この苦みがあまり身体を動かさない冬にたまったものを出し、整調してくれるのだからすごい。ありがたいなあと、毎年いただいている。こんな風にのんびりと春に感謝したいのだが、今の日本ではそれだけではいられない。

〈3・11を迎えるということ〉

2011年3月11日に起きた、東日本大震災と原発事故。3月はこのことにきちんと向き合いたい。今も不安な思いで過ごしていらっしゃる被災地の方々、なかなか進まない復興、収束しない原発、こんなにも危険な原発を再稼働させようとする政府。支援については皆、大切に思っているが、次に大切なことに向き合っている人はあまりに少ないように感じる。
それは、こんなにも多くの人々が苦しんでいる原因。次に起こる地震への対策。そこに危険な原発は存在しているのか。福井県には14基の原発があり、関西でも同じことが起きる可能性は充分にあるのに、なぜ向き合おうとしないのか。地震でなくても老朽化やテロなどで、事故が起きる可能性は充分にある。命よりも経済が大切なのだろうか。もしもまた原発事故が起きてしまったら、それこそ経済も大変なことになるのに、なぜまさかもう起きないと見て見ぬふりをできるのだろう。

〈生きる力。生きる感覚〉

どうも今の日本人は生きる力、感覚が弱っているように感じる。それは物質的に恵まれすぎてしまったためだろう。例えばアフリカや南米の人々は、生きることに貪欲だと思う。食べる物を得るために、大人も子どもも一生懸命に働く。困難も抱えるが、瞳がキラキラしている。日本人はその日に食べる物があって当たり前。今の暮らしを保つことを大切にし、世界をよりよくしようとするエネルギーにかけている。まるで、国が経済をまわしていきやすいように、人々を飼い慣らしてしまったかのようだ。
だが、これだけ厳しい局面を迎えた今こそ気付かなければ、いつ真に生きるのだろう。国は今、原発事故防災計画を作りつつあるが、その内容は原発より30㎞圏内と狭く、週50ミリシーベルトと高い。計画を作ったように見せかけて、再稼働させようとしているようにしか見えない内容だ。

〈あふれる想いたち〉

私が暮らす兵庫県朝来市は高浜原発より約60㎞。福島第一原発と福島市の距離とほぼ同じ。福島市は原発からの風を受けて、大変高い汚染となった。すでに35%の子どもたちが甲状腺異常を見せる福島県。この苦しみを増やさないために、この現状を生み出した大人が、必死に動くべきではないか。私は市へ要望書を提出した。福島での経験を受け、朝来市民の命を大切にするのなら避難計画を策定すべきではないか、ということを。要望書を作るなんて初めてのこと。不慣れで、なぜ自分がやっているのかと思うが、誰かがやらなくてはならないと思ってしまったのだ。
動いてみると、協力してくれる友人や議員さん、想いはあっても動けない立場の友人たち、皆からいろんな想いを感じ、学んだ。そして、福島にはどれだけの想いがつまっているのかと、胸がいっぱいになった。

〈大地・森とのつながり〉

美しい世界を取り戻すために、こうして目に見える動きも必要だが、それだけではなかなか変わらない。薄れてしまった目には見えないものとのつながりも取り戻したい。例えばそれは、大地や森とのつながり。田畑仕事、薪作り、絵を描くことでつながろうとしてきたが、より山の神さまと感じたいと思い始めた。すると、そのような感覚を持った友人とのつながり、家の上の山へ入ることが増え、お宮さんへよくお参りするようになり、この地に暮らしてきた人々の想いも感じ始めた。
八百万(やおよろず)の神を大切にしてきた日本人。かつては人も森もともにあったのだろうが、近代を迎えた私たちは森を資源ととらえ、先へ先へと新しさと変化を求めてきた。むやみに作られた道と植林は山の水の道を断ち、つぎはぎだらけの崩れやすい姿になった。私たちの身体も今の山にそっくりだ。西洋化された暮らしや学校教育などを通して、日本人本来の身体感覚を失い、和洋折衷のつぎはぎだらけ。時は積み重ねるものでなく、過ぎ去るものになった。だが、森の中には風雪の日々も静かに耐え、積み重ねてきた豊かな時間があり、何万年単位ですべてが存在している。私たちの倣うべきあり方はすべてここにある。

〈日本人本来の感覚とは〉

大切なことは情報の中ではなく、自然や歴史の中にある。自身が今動かされていることへ、そのくらい一生懸命になれるのか。肩に力を入れた意気込みのようなものではなく、月の満ち欠けや季節とともにある身体と時間。私たちの失ってしまったものはあまりに大きいけれど、これだけの局面を迎えた今がチャンスでもある。
人々がこのチャンスをしっかりつかみ生きる力、大地とのつながり、古来からの時の流れ、日本人本来の強さ、しなやかさ、優しさを取り戻していけますように。そして、対立や競争からではなく、異物を包み込み育て、ともになることで新しいエネルギーが生まれる時代の訪れを…。

 

あ~す農場

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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