自給自足の山里から【120】「壊れたら捨てる?」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2008年12月16日号の掲載記事です。
大森昌也さんの執筆です。
壊れたら捨てる?
異常気象の中で
11月中旬だというのに、二日続けて雪が降る。朝、目覚めると、家の外は銀世界にびっくり。山村に移り住んで二十五年になるが、はじめて。この春から一年の予定で「百姓体験居候」の大阪出身の大輔君(25)は、「来年まで居れるかなあ」とふるえている。
彼は、我が農場の有精卵をふ卵器でかえし、ヒヨコを世話し、育てていたが、次から次ぎに死ぬ。「急に寒くなったからなぁ」と落ち込む彼をなぐさめる。
しかし、「もう、生命(いのち)あるものへの気遣いがない」と怒るのはあい(19)である。ちょうど、今春から南米を旅しているちえ(22)と合流するため出発するれい(19)を見送るため、出かけて居ない間の出来事である。
村のお年寄りも、「こんなの知らん。異常気象やけど、普通になってしもうた。私ら死んでいくけど、大森さんら大変や」なんて。
秋は収穫の季節。天日干ししていた稲と小豆、青大豆、小黒豆を脱穀、足踏み脱穀し、さらに籾(もみ)をムシロで天日で干し、唐箕(とうみ)にかける。秋の移り変わる天候を気にしながらの作業で、せわしない。電気、石油に依らず、手と足と頭脳(あたま)を使って農機具を動かす。居候たちも手伝う。
「もう、手と足と頭脳(あたま)がバラバラや。籾殻がとれとらん。二度手間かかる」とボヤくケンタ(30)。「そんなもんや、期待せんとやらにゃ」とげん(27)。二人とも結婚し、同じ村に居を構え、それぞれの百姓する二児の父親である。さて、どんな子育て、子育ちになるやら。
そのケンタ、げんが蔵人として手伝う隣の養父市の銀海酒蔵で、近在(たじま)の七人の自給・有機百姓のつくったお米(五万石)で、純米酒を仕込む。「天日(てんぴ)」と名付ける。
ユキト(24)は、昨年から明石市の茨木酒蔵の蔵人。春から居候し米づくりを勉強していたきよむ君(25)は、今、姫路市の灘菊の蔵人である。各蔵から新酒が届く。早い雪見酒である。
絶望の中でこそ希望
異常といえば、気象のみならず、経済・社会は1929年大恐慌以来の大恐慌である。
いま、友だちも恋人もいない孤独の中で働く非正規労働者が若者の半数以上である。非人間的状況に追い込まれた怒りは、自死、自傷、親への暴力、そして秋葉原の無差別殺傷へ。
そんな中、若者たちに、非人間的労働に講義し闘う姿を描いた『蟹工船』(警察に拷問虐殺(ごうもんぎやくさつ)された作家・小林多喜二の作品)が読まれている。絶望だからこそ希望を求める若者たちへの願い、気持ちをみる。
我が農場にやってくる若者たちのほとんどがフリーター、ハケン、無職、野宿者(ホームレス)等の非正規労働者。話をポツリポツリ聞くと、ボーナスなんか無い低賃金(正規の三分の一)で、機械の部品として働かされ、人格なんか無い単なる「道具」。未来なんか描けない、家庭持つなんてぜいたくな夢という。
来訪時の絶望的様相は、痛々しく、私は打ちのめされる。
『蟹工船』を撃って縄文百姓
我が農場は、ほとんど機械を使わない。鎌(カマ)、鍬(クワ)、鉈(ナタ)、斧(ヨキ)、槌(つち)等を使う。かの若者たちは、鎌を手にすれば金槌(カナヅチ)使うように大地を叩(たた)く。金槌を手にすればトントンと包丁使うよう。鍬を手にすると、斧、鉈使うように木ならぬ大地を割ろうとする。道具たちは悲鳴をあげ、傷つき壊れる。
ある日、ふと道端の草叢(くさむら)をみると、柄(え)が折れ錆びた鎌、鍬がある。無残な姿に心痛む。忘れ物と思い、「仕事の後は、道具をよく点検しなくては」と言うと、「壊れたので捨てた!」と。一瞬耳を疑う。
我に返り、「なんてことする! 道具(もの)は大事にせにゃ! 壊れたら修理して使うんや!」と諭(さと)す。返ってきたことばにびっくり! 「ホームセンターに行けば代わりはある」と言う。
豆を手で選別していて、「見かけだけで選別しないで」といくら言っても、食べられるものを屑(くず)にする。「こんなもの食べられない」と言う。
「もう、もったいない」と選別やり直す私である。そういえば、ノーベル平和賞のアフリカケニアのマータイさんは「もったいない」を評価していた。しかし、日本の若者たちは、どうも、大地から鉄、石油など資源を収奪しての都会消費生活上からのもったいないという感じで、本来の意味を理解できていないよう。
そんな若者も、あ~す農場に「居候」している間に、それなりに道具を使い、修理するようになる。
一年三ヵ月いる尊君(38)は、来訪の者に、「頭でなく、身体(からだ)で覚えなくちゃ」と指導(?)し、「久しぶりに都会に出たら、若者たちが暗いのにびっくり」したという。彼は、手も動かないアトピーが治り、七十七㎏の体重が五十五㎏になり、「体のきれがよくなった」と。
また、「今まで経験したことのない、充実して、すごく楽しかった。僕のやりたかったのは“縄文百姓”だと思った」という健治君(32)は、今、長野で結婚し、一児の父として百姓をこなす。
「縄は稲でしかできない。稲と森があれば衣食住はパーフェクトに充足できる。金、いや札毒に地球は毒され、断末魔です。来るべくして来た恐慌、痛み果てた魂、それをいやせるものは農しかない。その実践もされておられる大森さんには脱帽以外ありません。如何(いか)なる名医もノーベル賞学者も治癒できないことを大森さんは見事にやりとげています。私ならノーベル賞を貴方にあげたい。冬を迎えます。ご自愛を」との便りが、佐藤喜作さん(日本有機農業研究会会長)から届く。恐縮。
25日朝8時に、ケンタ、よしみに第二子の女の子誕生。なお名付ける。
あ~す農場
〒669-5238
兵庫県朝来市和田山町朝日767
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