自給自足の山里から【113】「山村の春、赤ん坊の笑顔」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2008年5月16日号の掲載記事です。
大森昌也さんとケンタさんの執筆です。
山村の春、赤ん坊の笑顔
山村の春は、ドキドキ。白いこぶしの花がポトリと落ち、桜が散り、薄黄緑にうっすら化粧し、鮮やかな紫のツツジが目を輝かせ、黄金色の山ブキが笑う。
稲、お米の折衷苗代では白く芽が出、温床の夏野菜の苗青く、移植を待つ。半ば放し飼いの鶏たち交尾盛んに卵を産む。冬から水を張っている不耕起の水田で、ゲロゲロ、ケェロケェロとともにおたまじゃくしの黒いかたまり。カラスが狙う。「こりゃ」と追い払うのは、早朝から石窯で天然酵母パン焼く双子のれい・あい(18)。
四月二十日、村の六郎さんが、農作業用運搬車とともに三メートル下の川に落ち、下敷きになって死んだ。86歳だった。
岩のようなゴツゴツの手を「俺(おれ)の財産」と言い、炭やきを教えてくれた。近在でもお年寄りの農作業機械による事故死は多く、絶えない。
四%の農人口の平均年齢六十六歳以上の日本国にあって、農作業は機械に頼らざるを得ない。起こるべくして起こった死である。
この国は、後期高齢者医療制度にしろ、全国14万の集落のうち6.2万が過疎集落ですでに600余消え、2,300余が滅びゆく宿命を持つ「限界集落」にしろ、老い死に滅びゆくものに冷酷である。
マスコミにしても「死刑にしろ」と叫び続けている「光市母子殺害事件」の被害者の夫の暴言をたれ流し続けている。
隣町出身の安田好弘弁護士は、その非を糺(ただ)す奮闘。しかし、未成年の被告には死刑の判決が出る。
すでに昨年は46人もの死刑判決を出した。鳩山ならぬ「鬼山」(ルポライター・鎌田慧さん命名)は、すでに昨十二月以来、「粛々と実行する」と十人も死刑執行。
中国は昨年470人処刑したという。そして、四~五日でひとつの集落(むら)が消されている。
いま、我が農場には大阪から「本(注)読みました。百姓体験居候させてください」大輔君(25)、大学休学して千葉から理津子さん(22)、昨夏からの河野君(37)らがいる。おぼつかない鎌と鍬の使いに苦笑しつつも、手本示すはあい・れい。その娘たちより十一歳上のケンタ(29)が、今の思いをつづる。
冬の山は、樹々の葉が落ち、なんとなく、山が近くに感じ、芽が出る前の畑のよう。山も人も動物もみんなが、どんな芽が出、花が咲くか楽しみ。知るのは、ただただ自然なんだなあ。今冬は寒く、大雪になった。雪が降るごとに、雪の中に、廃墟が雪とともに消えてゆく。まっ白になるドォーンとした音とともに。山村の歴史が、またひとつ消えゆく……。
春はいつも不思議。冬はあっちこっち、まっ白につつまれるのに、春は、気まぐれだよ。こっちの山ではいろんな芽が吹いてるのに、あっちの山の谷では芽がまだ出てない。
と思っていたら、山桜が咲いた。きれいだなあと見とれていたが、「あっ! そうだ! 桜が咲くと稲の苗づくりだ!」と気を取り直す。お米の種籾(たねもみ)を塩水に浸して、丈夫な種を選ぶ。川の流水で、ゆっくり芽出しする。毎日種籾を見ていると、ツツジが咲いた。
昨年の春、みのり(男)が生まれて、はや一年。我が子は、今宵の月のようだ。片目をつぶってもかわいい。笑ってもかわいい。満面の笑顔は、満月のあかりのように、まわりの大人を幸せにする。
泣き声は、心の底までひびき、ドキドキ。両手に抱くと、にこっと笑った。ほっとする。君の笑顔は、僕に笑顔を届けてくれる。その笑顔は、いつも、空に、山に見える。僕に幸せを届けてくれるよ。
だけど、人見知りするようになって、僕がヒゲを剃(そ)ると、一日中お母ちゃんにべったり。知らない人のように泣く。抱っこしても大声で泣いた(笑い)。
この春から始まったことのひとつは、パン焼き。十年ぶりにパン焼きした。あの頃と変わらないのは、朝、早起き、陽(ひ)が昇る前に、窯に薪(まき)をくべ火をつける。
バチバチと音をかなでると、煙たちがもくもくと煙道を抜けて空へ。薪が燃える熱と煙の熱で、パンが焼ける。朝日がのぼる頃に、焼けるパンに陽が当たり、僕ののどはゴクッと鳴らずにはいられない。
「ゴクッ」
もうひとつ、変わったようで変わらないものがあった。焼きたてのパンをジィーと見つめる子どもが……。それは妹たちでなく、弟のげん(27)の第一子のつくし(4歳)である。「ケンタぁ~。パン!」。パンをあげると小さな声で「あありがとう」。小さな手と小さな口に焼きたてのパンがつつまれた。
昔は、幼い妹のあいとれいが、パンを手に立っていたし、ランドセルを背負った妹たちが、パン食べながら、パン小屋の前を走っていったなあ~。今では、一人ひとりがパン焼きするようになった。不思議だなあ。長生きはしてみるもんだなあ(笑い)。
好美とみのりがやってきた。僕の焼いたパンを初めて食べる好美は「うわあ~、おいしい! うまい」と言って、パンをちぎり、みのりの口に近づけるとパクッと食らいついた。もう一切れあげると、まだ口の中にあるのに、大きく口を開けた(笑い)。
見ていて、うれしくなった。けれど、まだ気が抜けない。薪のくべ方で、火加減が変わるので、最後のパンが焼けるまで気が抜けない。
れいが、「ケンタ兄貴、いつパン焼いてたん」と言う。パンを焼く姿を、ほとんど覚えていなかったのがショックだった。
縄文の志持ち、大地を直耕し生きる若き百姓と幼い満月の笑顔を消すことなく、鎖のようにつながって、ム(・)ラ(・)からくに(・・)づくりに思いを馳(は)せ、我が胸は春音で高鳴る。
(注)大森昌也著「自給自足の山里から」(北斗出版)。大輔君はインターネットで2,200円で買う。あ~す農場に直接注文くだされば1,800円(送料込)でお送りします。
あ~す農場
〒669-5238
兵庫県朝来市和田山町朝日767
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