自給自足の山里から【158】|MK新聞連載記事

よみもの
自給自足の山里から【158】|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2012年4月1日号の掲載記事です。

大森梨沙子さんの執筆です。

最小限で最大限の暮らし

「ホーコケキョ」。鶯が鳴き、少しずつ新芽も芽吹き始めるが、まだひんやりと寒く夢を見ているような春の山。
毎年このくすぐったいような空気に触れると思い出す。この山にやってきた日のことを・・・。
美大を卒業してすぐにやってきて、慣れない身体使いと超素食にいつも空腹だったけれど、それに負けない好奇心と希望を抱いていた1年目。
この山で絵描き百姓をしていこうと、げんと共に初めての家作り、結婚、妊娠、出産を経験した2年目は、立場の変化に戸惑い、それによる人間関係のもつれに苦労した。
3年目、小さな家で始まったげんと産まれたてのつくしとの暮らし。新しい田畑と初めての子育てにおわれ、野菜もろくに採れず、野草で食べ凌ぎ、暮らしをまわしていけるのかの不安とともに、全てを自分たちで考え作りだしていける充実感も感じていた。

そして、10年目の春。暮らしや子育てなどを模索し続けてきて、やっと形になり始めてきたように思える。
たくさん悩み、苦労し、泣き、そして笑い、やっと築いてこれた私たち、あさって農園工房の愛しい小さな暮らし。身の回りにあるものを肥料にし、ほとんど手仕事でする、花と虫にあふれた田畑。働き者の大切な蜂たち。
石窯で焼く天然酵母パン。山からの恵みでできる草木染め、野菜料理、自然療法。お料理、お風呂、暖に薪を使う日々。そしてこの暮らしの中心にいる、プライベート出産(自宅にて家族だけでの出産)、ホームスクーリングでのびのびと山と共に育つ、3人のかわいい子どもたち。

私と世界の転換期

この山に来て、10年が経つことを待ちこがれていた。10年経てば、少しは様になるのではないか。少しは楽になっているのではないか、と。
でもやっぱり、人生はそんな甘いものではないのだと痛感した。
10年を目の前にした9年目。必死にやってきたつもりだったことが、様々な面で裏目に出て、10年という節目に向かい、白紙に還っていくように感じた。
今まで溜まっていたものが吹き出し、陰と陽が蠢いているよう。でもそれは、私の中だけではなかった。
世界が、地球が転換期を迎えていたのだった。
東日本大震災に原発事故。現地の方々に比べればずっと小さな衝撃ではあるが、作り上げてきた愛しい生活と子どもたちの笑顔を失う可能性を肌で感じ、不安と悔しさと涙が止まらなかった。
何とかして、世界の子どもたちのために原発を止めていかなくてはと、頭を使い、調べ、考えたが、結局自分にできることは今まで積み上げてきたものの中にしかなかった。
大地になるべく迷惑をかけない、生き物として母なる地球に抱かれ、生かしていただく小さな暮らしを守りつつ、絵を描き続けていくこと。絵には速効性はないかもしれないが、真の表現をできたなら何かしらの力が現れる。
より大地と寄り添いつながり、この土台を深めつつ、小さなことができたら・・・。

いのちの仕事、守り抜くということ

思い出す、交流した東ティモールの人々。独立のために24年間インドネシアと戦った彼らが言ったこと。
「たとえ対するものが1,000人に見えて、自分たちが10人に見えたとしても、いのちのための仕事というものには死んだ人の魂がついているから、それは1,000人どころじゃないから信じてくれ。もし不安になったら僕たちの戦いを思い出してほしい」。

国内には山口県の上関原発に30年近く反対し続けている祝島の人々がいる。
彼らは、自分が一番大切だと思うモノを大切だと言い切って、それを絶対に手放さない。人に委ねない。それを絶対失いたくないから、命をかけている。
そうして守ってきたからこそ、彼らの誇り高い姿があり、島の美しい風景と暮らしが続いている。
その心を少しでもつないでいきたい。

3・11を前にして

私の山から福井県にある若狭原発14基と高速増殖炉1基は50kmほど。
舞鶴ピースプロジェクトの活動する友人から、「母、そしてこれから母になる者による静かな祈りのノー! ノーモアワカサ・アクション」を呼びかけられた。
「ここで産み、育てていけるのだろうか」という母たちの想いを、時を同じくしてそれぞれの市町村長に共に届けよう、と。早速友人を集め手紙を書くが、こんな時にもっと母たちが集まることができたら・・・もしかしたら、原発や放射能などについて話す相手のいない人もいるかもしれない・・・そんな人がいるのなら話しかけてほしい。それならば、母たちが集まれる場を作ろう。
環境の変化に敏感な蜂をモチーフに、「みつばちかあさんの会」が生まれた。

つづけよう。つながろう

子どもたちの未来のために、持続可能な世界を作っていくために、楽しくおしゃべりをしながら、母たちが手を取り合っていきたい。
インディアンの思想の中には女性の心が大地に寄り添っていれば大丈夫、というものがある。大地から浮かび上がっていきやすい男性を女性が引き戻せる、と。そんな女性の力を信じてやっていこう。やっていかなくてはならない時なのだ。

今回は、3月9日に市長に手紙を手渡し、20分ほど話し合ったが、これからは食のこと、原発、エネルギーのことを段階を踏みつつ、要望書などを作っていきたい。
私たちには大きすぎる壁に見えるが、いのちのための仕事だから、きっと目には見えない力がついてきてくれることを信じて、小さなことをつなげていこう。いつかきっと、つながるから・・・! 次の10年後には、笑顔が増えていることを祈って。

 

あ~す農場

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。