自給自足の山里から【145】「とても悔しくて、悲しくて、つらくて」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2011年3月1日号の掲載記事です。
大森昌也さんの執筆です。
とても悔しくて、悲しくて、つらくて
「お父さん、坂本のおっちゃん! ブラク(被差別部落)のことで、精神を痛め、アトピーが出ているんや。心配だ」とあい(21歳)。
あいは今、れい(21歳)と暑い暑い東ティモールにいる。我が農場に“第2、第3のあ~す農場を!”と「研修」にやってきた6人の農民のところを2ヵ月間の予定で訪ねている。
正月元旦は、孫6人(ひとりは好美のお腹の中、8月には出てくる)ら、家族全員15人がめずらしく揃い、2人の旅の無事を願う。
雪女覆いかぶさる
日本の我が山村は、寒い寒い。あいらがうらやましい。昨暮以来、“雪また雪”と止むことない。もう村は、すっぽりと“白い悪魔”のマントに覆われて、息苦しい。「雪女はひたすら土に淫して覆いかぶさる」(詩人・茨木のり子)。2mにおよぶ積雪である。移住して24年になるが初めてである。「夏は猛暑だったのに」とぼやきながら、生まれた年も大雪だった蔵人ユキト(27歳)は雪の中酒蔵に出かける。
あっ! 鹿が除雪された道に、ヒョロヒョロ。翌日、近くの巨大養鶏場(旧アサダ農産)に巣くう黒いカラスの群れが、白い世界に舞う。散歩に出た我が愛犬が骨をかじる。樹々竹々は雪の重さに折れ、曲がり、痛々しい。熊さんは、無事冬眠しているだろうか。
覆いかぶさる白雪をうち破るかのように“コケッ・コッコォー”と鋭い鶏声を山間に響かせる。メンドリはほとんど卵を産まない。「50羽いるのに3個とは」とげん(29歳)。風雪にさらされ、太陽光を浴び、土砂遊びの鶏さんは元気、春が待ち遠しい。宮崎・愛知などでは鳥インフルエンザで数万数十万の鶏さんたち殺されている。
母屋の障子が、パン小屋の戸が動かない! あわててユキト、げん、ケンタ(32歳)で雪おろしをする。私は、道開けの雪かき、鶏・豚小屋らの雪おろしに追われる。気がつくと腕がしびれ痛い。つくし(6歳)は、小さなスコップで雪をかいている。すべって泣き叫ぶすぎな(3歳)。雪にはまってベソかくみのり(3歳)。げんは、頼まれて、村のお年寄りの雪おろしに行く。
通りすがりの人が「昔はそうや、家族みんなでワイワイ楽しゅうやったもんや」と話す。我が但馬(兵庫北部)では、廃村が40近く、限界集落も増え、老人だけの世帯多い。近くで80歳の人が屋根に上り、亡くなっている。全国で121人(NHK・2月11日)が犠牲に。昔なら考えられない事故が起こっている。
一般地区に暮らすブラク青年の自殺
雪かきに疲れ、窓越しに降りしきる雪を眺めながら、薪ストーブの赤い炎に旅立ちの前のあいの“心配”に思いを馳せる。
坂本さんの知人の息子さん(27歳)が自殺。その友人も4年前に自殺。2人の青年に共通するのは、祖父母の代にブラクを嫌って一般地区に暮らす。また、もうひとつの共通することは、自らの気持を全て封印したまま命を断っていること。彼(女)らの祖父母、父母の時代では、動機というものが見えていたが…。今は全く見えない、見せない、親友ですら理解不能である。今までとは全く異なる。
知人は学校教育への信仰強く、かつてのブラクの教育を、低さを嫌悪して、ブラクから出て、子たちに高校教育(大学)を受けさせ、サベツから逃れようと志す。
坂本さんは、教育者一家に育つ。だが、学校教育を拒否し、子どもも自ら小学生の時、登校拒否している。もう20年も前のことで、厳しい非難・攻撃にさらされたという。親しくしていた知人も、子どもを学校に行かせなくなると同時に、疎遠になってゆかざるをえなかった。そして、今回の自殺である。
とても、悔しくて! 悲しくて! つらくて!
坂本さんから「とても悔しくて! 悲しくて! つらくて! 今日法事に行ってきます」と…。
今の世は、学校教育のなせる技によるコンピュータ社会である。私はもう30年前、「人間性をまめつさせ、部落差別など差別を強め、老人・子どもを切り捨て、五無主義(無気力・無責任・無関心・無感動・無作法)をあおり、人類を危機におとしいれるコンピュータに反対」(1980年、西宮コンピュータに反対する会)し、以来、パソコン・ケータイなど拒み、26年前、山村のブラクに移住し、コンピュータ社会を糺すのは、縄文百姓であると、ブラクの古老から学ぶ。
かの青年たちは、交際・結婚などに際し、ブラクサベツが人々の心の中にくすぶり続いた“爆弾”として襲いかかったのである。今日の無縁社会を、コンピュータでの有縁社会に代えるなんて幻想である。
「不浄橋」の伊勢神宮
2月初め、JAの親睦旅行で伊勢神宮へ行った。大きな鳥居をくぐり、橋を渡って、ただただせかされて歩く。
日本本来の常緑広葉樹林に感入る。おみやげに買った「赤福」本店の横に「不浄橋」といわれる橋を知る。ブラクの者は、この橋を渡ってお参りしたという。大きな鳥居はくぐり渡れなかった。伊勢三重にはブラクが日本一多い。神宮のキヨメ・警備・伊勢表作りなど天皇との関係深い。
帰ったら、5日に連合赤軍の永田洋子さんが、東京拘置所で病死を知る。まだ65歳、獄の厳しさを思う。38年前の冬正月、森恒夫君が自死。作家の瀬戸内寂聴さんではないが、「私たちにも責任がある」冬である。
熊さんも冬眠から覚める春よ! 輝く春よ!
(2月15日)
あ~す農場
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兵庫県朝来市和田山町朝日767
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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事
1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)
2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)