自給自足の山里から【107】「東ティモールの客人」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【107】「東ティモールの客人」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2007年11月16日号の掲載記事です。

居候 河野尊さん(成人教育ファシリテーター)の執筆です。

東ティモールの客人

「イタレザー(イタハロハーン)、サメー、カイドーン、イタダキマス」。
2007年9月。兵庫県和田山で自給自足の生活を営む「あ~す農場」では、ポルトガル語やテトゥン語、ビルマ語、台湾語、そして日本語の、さまざまな言語の「いただきます」を言ってから朝昼晩の食事が始まる。
ポルトガル語とテトゥン語は東ティモール民主共和国の公用語。東ティモールからジョゼさんとシルヴィーノさん(以下敬称略)の男性二人が、循環型の有機農業を学びに「あ~す農場」へ来られた(二ヵ月間)。
他にも、財団法人PHD協会(兵庫県)の研修生として来日中のビルマの女性保育士さん・ティダさん(十日間)、パソコンメーカーを退職しWWOOF〔ウーフ〕(Willing Workers On Organic Farms=有機栽培の農場で仕事を手伝う代わりに、食べ物・泊まるところを提供してもらう仕組み。世界20ヵ国以上にWWOOF事務局が設置され、登録することで利用できる)として来た台湾人男性(六日間)、知人から紹介されたと言う台湾の食品会社勤務の女性二人(六日間)、そして、日本の大人や青年や子どもたち(のべ二〇人が一泊~一週間)。大森家の皆さんを含めると多い時には十五~六人、少ない時でも八~九人が一緒に食卓を囲む。

アジアの人々と日本人が一堂に会した大森家の食事の光景は圧巻。一升炊きができる鋳物(いもの)の釜で、廃材の薪(まき)を燃やして玄米を毎日十五合ほど炊く。ある日の晩ご飯は、玉ねぎとワカメのお味噌汁、ナスやかぼちゃの野菜の天ぷら、きゅうりとオクラと米酢の和えもの、ふかしたジャガイモをトマトケチャップで和えたもの……。
食卓にお椀(わん)とお皿がたくさん並べられると、とても豪勢。黒砂糖・塩・酢・醤油・味りんなど調味料以外の、お米や野菜はもちろん自家製。大豆と味噌も自家製。
かぼちゃはふつうのとは違って白かぼちゃという種類。表面の皮が真っ白で長期保存が効く。熟すのに時間がかかるが、一般のに比べて甘みがある。
玄米は良くないものだとパサパサした食感だが、大森家がつくるお米(コシヒカリやイセヒカリ)は炊飯ジャーで炊いてもモチモチして美味しい。
揚げ物や炒め物に使う菜種油は一番搾り・無調合で、胃に全くもたれない。匂いも良く、台所の勝手口から外へと立ちこめてくる菜種油の香りは食欲をそそる。

今回、国際NGOの「東ティモール日本文化センター」(TNCC・本部は仙台市)のコーディネートで来日したジョゼとシルヴィーノの二人は、8月26日~10月29日の二ヵ月間、大森家や、私を含む他の居候・研修生たちと日々の仕事をともにし、そろって同じもの(日本食)を食べ、夕方には順番に五右衛門風呂に入り、寝起きするなど、長期にわたり農作業や生活をともにした。
ジョゼは45歳。首都ディリから車で約七時間のベターノという、東ティモールの米どころの出身。水牛を何頭も使って一ヘクタール規模の水田耕作をし、他にもトウモロコシやバナナなどの野菜や果物をつくる、ティモールの「百姓」だ。
ベターノは海(男の海)にも面し、魚も捕ることができるので漁師でもある。標準語のテトゥン語、古代テトゥン語、ポルトガル語、インドネシア語の四つが話せる。五人のお子さんがいて、長女(22歳)はすでに結婚、二人のお孫さんがいる、十数人の大家族を支える大黒柱だ。
ちなみに、島国の東ティモールの人口は98万人で、その約9割は農民。お米は一年に三回も収穫できる三期作!

一方のシルヴィーノは37歳。サメ(ディリから6時間)という、サメ県の中心都市の出身。
現在はキオスク(日本の地方社会でいう、よろず屋)を自営。お父さんは七haの有機コーヒー園を所有。
東ティモールが独立を果たした2002年の前後の約四年間、旧宗主国のポルトガルの農業大学へ畜産を学びに留学。
ヨーロッパのいわゆる先進国で見聞を広めた、新興国の東ティモールでは国際派だ。第一子を妊娠中の奥さんと離ればなれの海外生活は当初は寂しいことが多く、時々、ホームシックにかかることも。
二人は初来日。日本語は全く話せない。大森家もテトゥン語は分からない。ジョゼにとっては初めての海外。
コミュニケーションは、お互い、英語が少し話せる程度のシルヴィーノと私(アトピー治療でたまたま居候中)が通訳に。ディリ→バリ島(インドネシア)のデンパサール→関西空港と空の旅を経て、関空からはJR(京都経由)で和田山へ。
和田山駅からはまっすぐ「あ~す農場」に到着。長時間の移動と、日本の快速列車に慣れていないこともあり、シルヴィーノは乗り物酔いをしたらしい。

二人にとって「あ~す農場」での研修の最大の目的は、これからの循環型の有機農業の一翼を担うバイオガスのシステムを学ぶこと。
バイオガスとは人糞(じんぷん)や豚糞(とんぷん)を元に生成され、発生した気体のメタンガスはゴムホースやビニル管で台所までつなぎ、調理用のガスとして使用。液体として出てくる液肥(えきひ)は良質の肥料となり、田畑にまく。
「あ~す農場」ではバイオガスのシステムを2000年に導入。母屋に一番近い畑の一角に長さ8m、幅1m、深さ60㎝の大きな穴を掘り、強度のある、掘った穴と同規模のビニルを二つ切り、それらを二重にして地中に設置。
ビニルの両端には直径10㎝のビニル管を、人糞や豚糞の投入口と、反対側からは液肥が流れ出るように管をつける。
四年前にビニルを交換。今回は二度めの交換で、ジョゼとシルヴィーノたちと一緒に作業をする。
当然、ビニルの中に残っている大量の糞や液肥は全てさらうので、大がかりな改修工事だ。

元来、東ティモールの農民は自給自足の暮らしを営んできた。460年間(1515~1975)にも及ぶポルトガルの植民地時代(西洋人による種子島への鉄砲の伝来は1543年)や、24年間(1975~99)もの隣国インドネシアからの侵略戦争と同化政策(ティモール人の死者は約20~30万人。民衆の三人に一人が殺された)という、激動の時代においても農業を中心に自給自足の生活をしてきた。
しかし、2002年5月の独立の前後から(世界の国々で最も若い)、オーストラリア・アメリカ・中国による大規模な援助、世界銀行やIMFの融資により、機械や農薬や石油を大量に必要とする、農業の「近代化」が急速に進む。
ジョゼの故郷のベターノでも農民の約八割が「近代化」を支持。ジョゼは、水牛を使う、ティモールの伝統的な有機農業を行う農民たちのグループ「ケラン」のリーダー。
ジョゼたちは水牛を農業の基本にすえ、同時に農耕文化(牛追いの唄を歌う)や助け合いの精神も伝承していきたいと願う。しかし、今では残り二割の少数派に。
そんな状況の東ティモールの百姓のジョゼとシルヴィーノ。二人は、穀物自給率が極端に低く、就農人口の割合が一ケタ台の日本で、一体、何を知り、何を学び、何を故郷へ持ち帰られるのだろうか?詳細はまたの機会に。

【今月のテトゥン語】
アイ(木)
ララン(心、内面)
アイララン(森)

河野(こうの) 尊(そん)

1970年生。東洋大学印度哲学科卒業。出版社に勤務の後、南山大学大学院教育ファシリテーション専攻で学ぶ。
現在はフリーのファシリテーター(ワークショップの企画や運営)。テーマはコミュニケーション、人間関係論、若者の社会参加、労働問題など。

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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