自給自足の山里から【106】「アトピー人間の居候体験」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2007年10月16日号の掲載記事です。
居候 河野尊さんの執筆です。
アトピー人間の居候体験
「変な例えですが、ここにいると、鼻クソが溜まらないんですよ。クルマは少ないし、山の空気はきれいだから、一日一回、風呂の時に鼻を洗うだけで大丈夫なんです。本当に」。
兵庫県和田山の「あーす農場」に来る見学者や体験居候の人々に農場の案内をしてまわる際に、私が必ず使う言葉だ。
かくいう私も、年間300人は訪れる「あーす農場」の見学者や体験居候たちの一人。大森家の皆さんと縁あって知りあったのが2005年4月。
それ以来、田植え、稲刈り、秋の運動会、豚糞や鶏糞の堆肥づくり、休耕田の開墾(現在は三男ユキトの田んぼに)、長男ケンタさん&好美さんの結婚式など、一人で来たり、友人知人十数名を引き連れたり、八回ほど訪れた。
一泊や二泊の時もあれば、一週間や二週間の長期滞在など様々。そして、今回九度めの居候は最も長く、八月中旬に訪れてから丸一ヵ月が過ぎた。
というのも、この度は自分の病気の治療やリハビリが大きな目的。
子どもの頃に患った両手・両腕のアトピー性皮膚炎が十代後半には一旦治り、二十代は何ともなかったが、今年五月から再発。
指や手の平がただれ、皮膚の表皮の汁や血が出て、指を曲げたり物をつかんだり、右手で箸を左手で茶碗をもってご飯を食べることすら自由にできず、かなりひどい状態に。ズボンのポケットから小銭を出すのも強い痛みが走るほど。
対処として、身体を清潔にし、非ステロイド性の軟膏をつけ(ステロイド系は強い副作用がある)、悪化した局部にガーゼをあて両手を包帯でぐるぐる巻く有り様。
アトピーの主な原因は、家ダニやほこりなどのハウスダスト、食べ物のアレルギー、日常生活や職場でのストレス、の三点がある。
最近まで私は大阪で約八畳のワンルームマンションの一室に滞在していた。おそらく、部屋の綿ぼこり(密閉性が強いマンションはほこりがスグにたまる)、化学製品や添加物の入ったスーパーの食品、排気ガスにまみれた大気などがアトピー再発の原因ではないかと推測。
いつまでも都会で生活していてはラチがあかないと判断、自然豊かな山村に長期滞在し、玄米菜食の食生活で体質改善をはかり、アトピーの根本的な治癒を目的に大森さん一家にやって来た。
滞在当初は変化は現れなかったが、二週間を過ぎたあたりからは少しずつ症状が緩和。日々、排気ガスにまみれていない空気を吸い、山の水(朝日・下戸地区の共同水道)をたくさん飲み、無農薬・有機栽培の玄米・白米や野菜を食べ(ときどき鶏肉も)、真冬の炭焼きでとれた木酢液(もくさくえき)をぬるま湯に薄めて患部にあてる(当初はヒリヒリ痛かった!)などして、三週間を過ぎてからは見た目にも分かるほど良くなってきた。
この原稿が両手の指で自由にパソコンのタイピングが出来るほどにまで変化(以前は右手の親指だけで一つずつパソコンのキーをたたくのがやっと)。
都会でアトピーが悪化していた頃は、炊事、皿洗い、入浴、買い物など日常生活が不自由のため苦痛を我慢、したいことも自由に出来ずにストレスをためることが多かった。
「あーす農場」に居候して二週間過ぎてアトピーが快癒に向かいだしてからは指を自由に動かせるようになり、手の平や甲のただれも段々と消えてきて、洗濯・掃除・布団干しなど家事の手伝いや野菜を採るなどの仕事も手伝えるように。
次男げんさん・りさ子さん夫妻の長男つくし君(三歳)の遊び相手もして、気持ちも穏やかになるなど変化していった。
東京生まれ東京育ちの私は家族や親戚も都内・近郊で生活しているため、いわゆる田舎というものがなく、東京のど真ん中でアパートやマンションに三十数年間生活してきた。
大学卒業後も都内で会社員として十数年働いていたので、旅行や研修で行く機会があっても地方で生活したことがなく、農業の経験も全くない。
野菜を育てたり、土いじりをしたことすらなく、生えている葉や草や花が野菜なのか雑草なのかの見分けもつかない。食べるものはもっぱら外食かスーパーやコンビニで購入。
三十代からは自炊をよくしているが、二十代の学生や会社員時代はコンビニや弁当屋で調理済みの食品を買って食べていた。
都会暮らししかしたことがなかった私にとって「あーす農場」の自給自足の暮らしは驚くことが多く、米・野菜・鶏卵などの食べ物、堆肥、薪や木炭、ガスや電気さえも自分たちでつくる暮らしぶりを目の当たりにして、「ものすごいなあ」の言葉しか思いつかなかった。
何度も訪れるようになってからはすっかり慣れてしまったが、それでも、この循環型の、自然と共生している生活はなかなか他所では見られない暮らし方だ。
それは、大きなお金をあまりかけずに暮らしていくこと。新しいものはなるべく買わず、既存のものを再利用して活用すること。
化学製品や添加物を使わず、自分たちが食べるものは自分たちでつくっていくこと。晴れたり曇ったり、時には強い雨や雷のある天気に逆らわず寄り添っていくこと。スピードや効率を追わず、大きな機械に振り回されないよう、人間と自然を中心に据えて、ストレスをためないように生活していく、そんな生き方だ。
私が今回の居候を始めてからの約一ヵ月。約30人の大人や青年や子どもたちが一泊~一週間の体験居候をしていった(見学者や取材は三十人超)。
都市の消費生活に疑問をもってやって来た日本人の大人や青年たち、大手パソコンメーカーに勤務していたが製造・販売してはすぐに廃棄物とするメーカーの仕事に矛盾を感じ、環境にやさしい有機農業に関心をもってやって来た台湾人男性と日本人女性の二十代カップル、財団法人PHD協会の研修生のビルマ人女性、台湾人の女性二人、そして、東ティモール民主共和国から男性二人の研修生(ジョゼさん、シルヴィーノさん)が循環型の有機農業を学びに来られた(八月末~十月末)。
一転して、「あーす農場」は、アジアになった! 詳細は次号に。
河野 尊(こうの そん)1970年8月25日生まれ(現在37歳)
東洋大学文学部印度哲学科卒業。出版社勤務を経て、フリーランスの教育ファシリテーター(ワークショップ=参加型のセミナー=の企画・運営。テーマはコミュニケーション・人間関係、若者の社会参加、労働問題など)
あ~す農場
〒669-5238
兵庫県朝来市和田山町朝日767
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1998年12月16日号~2016年6月1日号
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