自給自足の山里から【101】「みのりの誕生」|MK新聞連載記事

よみもの
自給自足の山里から【101】「みのりの誕生」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2007年5月16日号の掲載記事です。

大森昌也さんとケンタさんの執筆です。

みのりの誕生

山村に移り住んで23回目の米づくりが始まった。今年は、ここで育ったちえ(21)が中心になって、樋(とい)で田に水を引き、畦(あぜ)塗りし、水を貯め、種籾(たねもみ)を落とす場を床上げした折衷苗代(せつちゆうなわしろ)をつくる。
その苗代は、隣の86歳の佐藤さんが「思うように身体が動かん。田んぼやれん。大森さん米つくてや。先祖から引き継いだもんや。荒らすのはしのびない」とおっしゃり、借り田につくる。
私は、佐藤さんが米づくりしている姿に励まされてやってきただけに、さみしい。
あい(17)は、都会から帰ってきたユキト(23)の田んぼに水を引くために、竹での樋づくりを手伝っている。竹を割り、節(ふし)を取る。そのあいが、「お父さん。神戸新聞(1月28日)に、兵庫県の調査で、社会的共同生活が困難な“限界集落二百ヶ所”と一面に大きく載っていたね」と言う。
「うーん! 全国だと一万近い数になるなぁ。限界集落は廃村予備軍や。すでに三千余が廃村になり、国土庁の調査でもこれから二千余が消えていく」と付け加える。

また、2月3日の神戸新聞の一面で、“温暖化の影響? 害虫の活動域広がる”“但馬の里山 枯死20倍に”と伝える。
「虫が多いなぁ」とぼやきながら、野菜の苗づくりに励むれい(17)は、電気・ガスを使わず、落葉・ヌカ・鶏糞など踏み込んで発酵させた熱で温床をつくり、苗を育てる。
「あっ! 猪が畑をムチャクチャに掘り起こしている! 玉ネギもやられている!」と悲鳴。ふと見ると、畑に、ガリガリにやせた猪がポツンといる。捕らえんと走るが、一歩早く山に逃げられる。
廃村に拍車かける社会・自然の動きの中、ささやかな私たちの試みが、朝日新聞(昨12月31日カラー一ページ)で「究極の自給自足」で「よみがえる限界集落」と紹介される。
第二子げん(25)に続き、ケンタ(28)、ユキト(23)が同じ集落(むら)に独立し、四家族になり、また、つくし(3)、すぎな(0)、みのり(0)も生まれ、三世代になった。
都会で生まれ、5歳の時から山村で育ち、米・野菜づくり、鶏・豚飼い、大工、炭焼き、猟などこなす若き縄文百姓のケンタが父親になった。

山村にときどき小鳥たちの声とともに赤ちゃんの泣き声が響く春。こいのぼりも風とともに踊り出す。少し暖かくなり、山にもいろんな花が踊り出すかのように咲き始めた。花々の隣で、木々の芽が、うすく赤く照れているよう。
ぼちぼち、田畑の草も元気になり、忙しくなる。草を食べに入ったオス鹿の角が、ひとつふたつと落ちている。放棄された田畑は、ススキなど枯れた草原だけど、毎年つくっている田畑には緑の草が多いからだ。
この冬は、昨年、俗にワタリという大猪(100㎏あり、ぼくたちの結婚式に参加くださった150余人に食べていただく)を最後に、狩猟(かり)をやめていた。
子どもが生まれるまで、好きなことをやめ、ジィーと、鹿と猪を見ているだけだった。

よしみ(26)は、里帰り出産で鳥取に帰っていた。診察の日に、よしみと大きなおなかに出会いに出かけていた。大きな家での一人はさみしいし、待つのがつらい。
でも会えた日は、うれしい。行けない時でも、「何g大きくなった」と聞くのが楽しみでしょうがなかった。一度に200g大きくなったと聞いた日は、いろんな物を見ては、「200gって! この大きさなのか」といろいろ想像をふくらませていた。
「ぼくらの子を育ててくれてありがとう」とよしみに言う。でもあとで知った。ほとんどよしみが太っただけだった(笑い)。

2月15日、山に行く準備していると、電話が鳴った。「今、産院におるんやけど、もう出てきている。もうすぐ生まれるけん、早よ、来せ」とお母さんから。
いつもの道が、より長く感じたなぁ。着いた時は、生まれていた。
助産士さんが、赤ちゃんを抱いて「とってもいい安産でしたよ。男の子です。お母さんも元気ですよ」と言って、ぼくの腕の中へ。
初めて抱いた我が子は、とても小さいのに、なぜか重たかった。白いおくるみに包まれ、まっ赤な顔をした我が子は、小さく2,390gだった。

遠い空を見つめては、我が子を見つめる。息と音がぼくの手に伝わる。よしみに会って、早く「ありがとう」と言いたかった。大きな声で。
でも会うと、赤ちゃんを彼女のそばに置いた。そこには、言葉にはない不思議な時を過ごした空気が流れていた。
二人で考えて、みのりと名付けた。お父さんは、中華帝国の漢字文明が嫌で、ぼくらの名前はみんなひらがなとカタカナである。
難しいのは好きでないので、わかりやすいひらがなが気に入っている。

八ヵ月前、君が生きていると知った日から、とっても君に会いたかった。この手で重みを感じたかったよ。
あの診察の日の物事は、宝物。今、この手に君がいるのは、現実なのか。まぼろしなのか、わからないぐらいうれしい日々。オギャ、オンギャ、ギィヤァと聞こえた時、聞いた時、新たなこの世に咲いた咲いた赤ちゃんの誕生。この奇跡の声が聞こえる、とってもいい心地の日々。
診察で聞かせてくれた君の心音は、つかれたぼくをいやしてくれる音。まるで、水の中の音……波が流れているかのような音。
君は、いま、なんの音を聞いているの。母の足音、それとも母の心音、ごはんを食べる音、笑い声なの?ぼくの声は、聞こえているのかな。

大森ケンタ(4月25日)

6月10日(日)、テレビ東京(テレビ大阪)の『自給自足物語(第19回)』(午後8時~10時)で20~30分間、私たち家族が紹介されます。“自給自足でよみがえる限界集落”がテーマで、この10年の歩みが放映される予定です。

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

ホームページからも最新号、バックナンバーを閲覧可能です。

MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

この記事が気に入ったらSNSでシェアしよう!

関連記事

まだ知らない京都に出会う、
特別な旅行体験をラインナップ

MKタクシーでは様々な京都旅コンテンツを
ご用意しています。