エッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」【350】|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、大西信夫さんによる様々な身近な事柄を取り上げたエッセイ「本だけ眺めて暮らしたい」を前身を含めて1988年5月22日から連載しています。
MK新聞2017年6月1日号の掲載記事です。
本だけ眺めて暮らしたい
地図を眺めるのが好きだ。国土地理院の二万五千分の一や一万分の一の地図はもちろん、書店で販売している道路地図や情報地図や観光地図。さらには、いわゆる住宅地図まで。
また、それらの古い時代のものも古本市などで見つけたら買っている。
原則は自分が住んでいる京都市を中心とする地図だが、鳥瞰図は美しくて気に入った海外作家のものも持っている。
購入するものだけでなく、駅や観光案内所で配布している地図や、広告チラシやパンフレットとして制作された地図なども、マメにもらっては捨てずに集めている。
例えば、祇園や木屋町界隈で呑む方ならご存じの方もおられると思うが、たばこ屋(なんて、最近あまり見掛けなくなりましたが……)の店先で「ご自由にお取りください」と無料で配布されている、当該地域のバーやクラブ、飲食店の位置と店名と電話番号などを記した地図がある。
そう、オレンジ色の紙で印象的なアレだ。
広告料を支払った店を掲載するという昔ながらのビジネスモデルだと思われるが、地域メディアとしての長年の実績また知名度ゆえか、載っている店の数……つまり情報量がとても多く、京都の夜の歓楽街の一面の記録だとも言える。
私はこの地図を一、二年ぐらいの間隔で、ふと思い出しては持ち帰り、日付を記して保存してきた。手元にある一番古いのは三十年以上前のもので、計二十一枚ある。
年度順に比べながら眺めると、入れ替わりの激しい祇園の飲食店の変遷がわかる。ずっと生き残っている店。一年で消えた店。バブル経済の頃は、A2判の表裏に店名の文字が蟻のようにビッシリとひしめいている。
バブル崩壊以降、載っている店は減り続けていった。つぶれた店もあるだろうし、わずかでも広告料を出すのがもったいないと考えるようになった店もあるだろう。
あるいは、時とともに、紙の地図が呑む人と店の双方にとって両者をつなぐメディアとしての存在感を失ってきたという、景気以外の環境も変化したと言うべきか。
もっとも、そもそもこの地図が、地図として、広告として、「実用的」だった時代なんてあったのだろうか。利用している場面が想像できないのだ。もしかしたら、意外にも鳥瞰図のように眺めて楽しむタイプの地図なのかもしれない。
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MK新聞への大西信夫さんの連載記事
1988年以来、MK新聞に各種記事を連載中です。
1988年5月22日号~1991年11月22日号 「よしゆきの京都の見方」(45回連載)
1990年1月7日号~1992年2月7日 「空車中のひとりごと」(12回連載)
1995年1月22日号~1999年12月1日号 「何を見ても何かを思う」(64回連載)
1996年4月16日号~現在 「本だけ眺めて暮らしたい」(連載中)