書評『にほんでいきる―外国からきた子どもたち』毎日新聞取材班編|MK新聞掲載記事

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書評『にほんでいきる―外国からきた子どもたち』毎日新聞取材班編|MK新聞掲載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞の2021年8月1日号掲載の、書籍の感想・書評記事です。

毎日新聞取材班 編『にほんでいきる―外国からきた子どもたち』(明石書店)を読む。
著者:片岡 雅子(三重県 公共図書館職員)

 

 

共に暮らす仲間に心を寄せる

『にほんでいきる―外国からきた子どもたち』毎日新聞取材班 2020 明石書店
『にほんでいきる―外国からきた子どもたち』毎日新聞取材班 2020 明石書店

もがき苦しむ子どもたち

外国人労働者の受け入れ拡大の中、その家族として日本で暮らす子どもたちのことを気に留める人はどれだけいるのだろう。

毎日新聞取材班は2018年に全国の100自治体(外国籍の子どもが多い都市を抽出)に就学状況調査を実施し、外国籍の子どもの2割1.6万人が学校に通っているかどうか確認できない「就学不明」であることを明らかにした(その後の文科省の全国調査で2.2万人が就学不明と判明)。
この子どもたちは一体どこで何をしているのか。自治体ですら把握していないブラックボックスが存在していた。
本書は、その実情を知らせようと紙上で2019年1月7日から連載された、外国籍の子どもの学ぶ権利を問うキャンペーン報道『にほんでいきる』に加筆、修正したものである。

子どもたちを取り巻く環境は、私が想像していた以上に劣悪だ。
労働力を求めて入管難民法が改正される一方で、就学年齢にある外国籍の子どもたちを受け入れる制度設計は整っておらず、教育を受ける権利がないがしろにされている。
丸投げされた自治体が予算も人手も不足する中で暗中模索していることが読み取れる。

何より問題であるのは、外国籍の子どもたちは、希望すれば就学を認められるが、学校に来ないまま放置しても法的な問題は生じないことだ(憲法第26条第2項 文科省の解釈では、義務教育の対象は「国民」であり、外国籍は含まれない)。
そのため、親が就学させようとしない場合、子どもと学校を繋ぐパイプは切られ、児童虐待が行われたとしても見過ごされてしまう。
一方で、親も子も就学を望んで登校したとしても、日本語教育の支援が行き届いていないことが問題となる。
授業を理解できないだけではなく、クラスメイトとのコミュニケーションさえもとれない。孤立した末、結局は不登校へとつながっていく。

取材の記録は生々しく、読むのが辛い。小学校の入学式の写真に、かしこまって写っていたブラジル人の女の子は1ヵ月も経たないうちに休みがちになり、その後、転居した先で同居人による虐待により亡くなった。
小5の時にコロンビアからやって来た少年は日本語が上達せず、同級生にからかわれ続けた。
中学校でいじめがエスカレートしたが、言葉が分からないため先生にも助けを求められなかった。
学校に馴染めずにドロップアウトした子どもたちの行く末は悲惨だ。日本語ができないために正規の仕事には就けず、非正規の仕事を転々とする。
派遣切りに遭い、知らぬ間に特殊詐欺グループの犯罪に手を染めたケースが紹介されている。

子どもたちをすくい上げようとする人々

このような状況の中、なんとか子どもたちを守ろうと支援にあたる学校の教員やボランティアの方々の様子も紹介されている。
特に学校内に全く支援がない場合、地域の日本語教室や無料塾が子どもたちの最後の砦になっていることがわかる。
闇の中に沈んでいく子どもたちをすくい上げる貴重な場所だ。ただそういった教室はどこにでもある訳ではない。
そこに居場所を見つけた子どもたちは運がよいということになる。

実は私自身、地域の日本語教室にボランティアとして通ったことがある。
私が暮らす三重県鈴鹿市は外国人集住都市だ。
今から10年以上前、私が引っ越してきたばかりのよそ者だった頃、地域と繋がりたいという気持ちもあって教室に通うようになった。
そこには、来る者皆を包み込む温かい雰囲気があった。

教室で出会った少女が、道端でこちらに手を振って笑いかけてくれた時、「私にも土地の知り合いができたのだな」と嬉しかったことを今でも覚えている。
しかし、しばらくして私の就職口が決まると、恩知らずなことに段々足が遠のいてしまった。
結局、地域の日本語教室というものは流動的なメンバーが支える不安定なものなのだ。ボランティア頼みで継続的な指導が難しい。

苦悶の根本にあるもの

毎日新聞がキャンペーン報道をしたことによってか、国はわずかに動きを見せているという。
「文科省有識者会議は外国人の子どもの就学に法的根拠を求め、日本語教育推進法の基本方針に『適切な教育の機会の確保が不可欠』とする文言が盛り込まれた(2020年 262ページ)」。
しかし、同会議は「就学義務は『引き続き慎重に検討』(64ページ)」としており、その道のりはまだ遠いという印象だ。

今後、制度整備が進められることを期待したいが、ここで敢えて自問する私がいる。
「子どもたちが直面している事態の全てが制度の不備からきているのだろうか」「制度さえ整えば全てはうまくいくのだろうか」と。私の見解はNOだ。
それだけでは足りない。
制度以前に、子どもたちを取り巻く人々の意識を変えることがまず必要だと感じるからだ。

例えば取材の中で、学校内で日本語教育担当をしていたある教師は、他の教師の協力が得られなかったとしている。
期末試験に通訳を同席させると0点にする教師がいたことや、問題文に仮名を振るように頼んでも「手間がかかって迷惑」と拒否されたことを明らかにしている。
そのような(協力的でない)教師の態度が伝わるのか、外国籍のある生徒は、髪に消しゴムのカスをかけられ、背中には靴跡が残っていたという。
信じがたい実情。関わろうとしない大人たちの中で、子どもたちは傷ついている。記録の中に「孤立」、「孤独」というワードが何度も登場したことが心に残る。

虐待の末、亡くなった少女が、実は鈴鹿市の小学校に就学していたと知った時、私は事件について全く知らなかったことに罪悪感を抱いた。
彼女の家族もまた、地域から孤立していたとあった。
たとえ不登校になっていたとしても、仮に、彼女やその家族が日本語教室に通い地域と繋がっていれば、事態は違ったのかもしれないと思った。
さらに、教室にも通っていなかったとしても、ご近所との温かい交流がありさえすれば、また事態は違ったのかもしれないとも思った。
私たちはもっと関わろうとするべきなのだと思う。
先日観たテレビ番組の中で、外国にルーツをもつ子どもたちやその家族に支援をしている男性が「ここに来たら何か親身になって相談に乗ってもらえるよという繋がりができるといいな」と話していた。その言葉が胸に響いた。

小さなふれ合いを積み重ねる

さて、私のアパートにも南米からやって来たと思われる一家が暮らしていて、小学生の男の子とはよく挨拶を交わす。
この原稿を書いていた最中、私が駐輪場で自転車を停めようとしていると、なんと! 彼は友人と遊ぶのをやめて、隣の自転車を動かし、私が停めやすいようにスペースをつくってくれたのだ! 思わず「うわー! 嬉しいなあ! ありがとう!」と叫んだ。
瞳をキラキラさせながら「これはお兄ちゃんのバイク(自転車)。これは弟の。これはぼくの。ぼくのは新しい!」と次から次へと言葉がこぼれる。

多文化共生とは大仰なものではなくて、幼い彼が私にかけてくれたような何気ない思いやりと小さなふれあいの積み重ねなのではないかと改めて思う。
共に暮らす人々が互いに心を寄せ合い関わり合う。
助けが必要ならばさっと手を差し伸べる。制度整備が急務であることは間違いないが、多くの人々がそんな気持ちをもって生活していれば、彼らは今よりはずっと日本で生きやすくなるのではないか。
本書が、外国から来た子どもたちに心を寄せるきっかけとなってほしい。
私自身、日本語教室に再び足を運びたいと、心を新たにしている。

片岡雅子

1967年大阪生まれ。
大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)アラビア語学科スワヒリ語専攻卒業。
出版社勤務、英会話学校スタッフを経て、学校図書館司書として長年子どもたちと過ごした。
現在は、結婚により移住した三重県にて公共図書館に勤務。

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