自給自足の山里から【139】「愛情が湧き出る”日本じゃない世界”」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【139】「愛情が湧き出る”日本じゃない世界”」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2010年9月16日号の掲載記事です。

大森れいさんの執筆です。

愛情が湧き出る”日本じゃない世界”

雨が降り出すと、屋根があることに平和な暮らしを感じる。でもそれと同じ、不幸感も覚える。エルサルバドル(エルサル)の歌が雨とともに心に流れてくる。
Que triste se oye la lluvia en los techos de cartón. Que triste vive mi gente, en las casas de cartón…(ダンボールの屋根に雨音を聞く哀しみよ、ダンボールの家に住む僕らの哀しみよ)

思い出す雨の日、エルサルの市場で手伝いをしてる時、道が洪水のようになって流されたサンダルを追いかけていると、売り物が濡れてアブエラ(おばあちゃん)が怒ってしまう。でも私たちのずぶ濡れの姿を見てアブエラは笑う。私たちもつられて笑っている。

生活の中に祈りはある

アブエラは週2回、一緒に教会へ行く。私のアブエラはカトリック。私はキリスト教の信者じゃない。ただの旅行者だった。アブエラはいつものように言った。「教会に行くよ」。私はアブエラの孫たちと一緒に面倒くさそうに言った。「え~、行かないよ」。私はどちらかというと教会はキライだったからだ。アブコラは鋭い表情で私に言う。「あなたは鳥よ。鳥には魂がないから教会に行けないの」。私は思った。アブエラの言うとおりなら教会に行かない日本人はみんな鳥じゃないか。「じゃ、犬や猫は?」「同じよ、動物でしょ」。「じゃ、うちは鳥やけど教会に行けるよ」。私はまじめに言ったけどみんな笑っていた。
エルサルではみんな決まって聞いてくる言葉がある。「仏教?」「神を信じますか?」。私は「何も宗教はない。神さまは山・川・石などすべてのものに宿っている」。

近所のおばさんは険しい表情で私に言う。「日本で教会は行かないの?」「行ったことないよ」「使えない国だわ」と投げ捨てた。彼女はいつも私を教会へ連れて行こうとし、言う。「神はあなたを愛しているわ」。何度も、何度も。たまに私は言う。「うちは鳥だよ」。
教会に行くようになってから、教会の中をよくノラ犬が歩いていることに気付いた。となりでアブエラがつぶやく。「犬も祈りに来てるんじゃない」。私はおかしくて笑うとアブエラも笑っていた。教会は、ここに生きる人々にとって大切な祈りの場所なんだ。彼女たちは生きるために祈っている。キリスト教はまだ好きになれないけど、祈っている彼女たちの姿が目に焼きついて離れない。その時は祈るということが私にとっても大切な時間だったから。

今夏の3日間、私は日本じゃない世界に来ていた。その3日間は私のもうひとつの故郷・エルサルで生活していた頃の感情を掘り起こしてくれた。
第39回釜ヶ崎夏祭り(8/12~15)。知人が言う。「あの危ない街で?」。これは彼の言葉と言うよりも、“社会の言葉”だからどうでもよかった。釜の祭りには小さい頃大人に連れられて姉妹と来たことがある。その時も、家に帰って分校で先生に沖縄に行ったんだと言ったことを覚えている。そう、あの時感じたように、私は少しあぜんとし、愛情が湧き出てきた。その感覚はエルサルで感じたものと一緒だった。今まで日本人だと思っていた友人たちも日本人に見えなかった。おにぎりや炊き込みご飯、うどん、カレー、パイナップル全部100~150円という安さ。“ここは日本じゃない”、そんな言葉が自然と口からこぼれた。だから嬉しかった。日本にもまだあるんだって、愛情が湧き出るところが。

祭りは夕方3時から始まる。私は“わて釜(※注)”の仲間の屋台で手伝いをした。三角公園でみんなで一緒にパイナップルを切って売ったり。公園の中で色んなバンドが来て歌って、踊っている。夜8時からは私が一番好きだった盆踊りの時間だ。それはまるで森の中で動物たちがむれとなり踊っているようだった。次の日もすもうを取ったり、スイカ割りしたり、毎日が楽しかった。
最後の夜、“わて釜”の中野マリ子さんがステージの上に立ち、話された言葉が今も心の中から離れない。「人生の冷たい仕打ちに仕返しができるのは愛情だけだ」。その時私は思った。この祭りは本物だ。この祭りが大好きだ。どこの祭りより人間らしくて、みんなが仲間だ。
釜の労働者たちがやぐらを囲み、マリ子さんの言葉に応えるようにうなずく。最後の夜の盆踊りは踊り続けた。こういう所に人と人との間に心がある生活をしたい。人がむれとなり踊っている。心が体が震えるほど楽しいって思えたのは久しぶりだ。山で生きるにはそれなりに体力も必要だし、やることもたくさんある生活だけれど、都会というまずしい戦場で生きるには、それにたてつくだけの愛情が必要なんだ。
マリ子さんが私に言う。「今、たくさんの老人が殺されている。たくさんの子供が殺されている。このまずしい社会で」。エルサルのおばあちゃんに電話したら「今も変わらず日々暮らしているよ」と言っていた。日本は相変わらずまずしいよ。アブエラ。

90歳の老人になったケンタとテレビ

19歳になったばかりの時、銃声の絶えない中米の村に、日本のおんなひとり1年半暮らす。無事、元気に帰って百姓をこなすれい(20歳)の姿に嬉しくほっとする。
ケンタ(第一子・31歳)が3月末、働いていた食肉工場(と場)で、落ちてきた6~7kgの鉄片で後頭部を怪我。救急車で近くの病院に行き7針縫う。「仕事しても大丈夫」。と医師。休まず働き、5月に入って急に後遺症が出る。大阪の労災病院で「ムチウチ症」と診断される。本人曰く「90歳の老人になった」。隣家には90歳のお年寄りがいる。
痛く辛く、思うように動けず横になるケンタに、隣家もきょうだいも心配である。
大黒柱が倒れ、連れの好美は3歳、1歳の幼児をかかえ大変。次男げんと三男ユキト、三姉妹の助けで無事田植えを終えほっとする。ケンタは今、リハビリに励む。1日も早く治ることを祈る日々である。
2月10日、読売テレビ「ズームイン」、4月23日、テレビ朝日「クイズ紳助くん!」、7月18日、テレビ大阪(東京)「自給自足物語」で私たち、あ~す農場が紹介される。都会から来訪者続く。丁寧に案内し、1人でも1家族でも本来の自給百姓を期す。
3人の娘にラブレター、そして私には「ワイルドでこわい鬼のお父さん」のメッセージ届く。ああ!!

(※注)わてらと釜ヶ崎。釜ヶ崎で女性たちが中心となって活動しているグループ。

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

MK新聞について

「MK新聞」は月1回発行で、京都をはじめMKタクシーが走る各地の情報を発信する情報紙です。
MK観光ドライバーによる京都の観光情報、旬の映画や隠れた名店のご紹介、 楽しい読み物から教養になる連載の数々、運輸行政に対するMKの主張などが凝縮されています。
40年以上も発行を続けるMK新聞を、皆さま、どうぞよろしくお願いします。

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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