自給自足の山里から【98】「餅を搗けない若者たち」|MK新聞連載記事
MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2007年2月16日号の掲載記事です。
大森昌也さんの執筆です。
餅を搗けない若者たち
「きゃあ~」とあい(17)の悲鳴が、築百年の家屋を震わす。玄関土間でさっきまで、どすん、そーれ、どすん、そーれと掛け声、笑い、歓声でにぎやかな餅つきが、ピタッと止まる。
あわてて、とんでいく。木臼の側で、あいが頭をかかえてうずくまっている。杵を手に呆然と立ち尽くすのは、大阪からやってきている「体験居候」の林君(24)である。心配気に、れい(17)、ちえ(20)、ゆのさん(体験居候・24)が、あいの頭をのぞきこんでいる。「あい! 大丈夫か?」と声をかける。
「う~ん」とうめき、頭を手で押さえ、「瘤ができた!」とうらめしそうな声をあげる。触れると、「痛い!」。ふくらんでいる。たん瘤である。出血も内出血もしてないようで、ちょっと安心する。
林君は「申しわけありません」と頭を下げる。「30年余り、毎年、餅つきやってきたが、餅ならぬ頭をつくなんて、初めてや。まあ、大事にならんでよかった」と返す。「お父さん、内心、林君の頭を杵でどついたろと思っているんやろ」とちえ。
太陽の恵みを受け、泥と汗にまみれて育った餅米を、前日から水に浸しておく。朝早くからかまどに火を入れ、釜の湯をたてる。湯が沸き、釜の上に蒸籠を載せて、餅米を一時間ほど蒸す。蒸し上がりを確認して、さっと臼の中に移す。
まず、杵で小突きして、米粒をつぶしていく。大体つぶれたら、次に、杵を振り上げ、力強く、そーれと掛け声かけながらついていく。合いの手を入れ、次第に餅になっていく。この合いの手をあいがやっていた。つき手は林君である。息が合わないと、時に手を打つことがあるが、まあ滅多にない。まして、頭を打つなんて!!
都会からの「体験居候」の若者たちは、金槌ひとつ満足に使えず、釘ならぬ指を打つ。まして、掛矢で杭を打ち込んだり、斧を使って薪割りなどやったことがない。そんなで、腰をしっかり構えて、杵を自在に使えず、腰ふらふらで、杵に振り回されて、こんなことを起こす。ひと昔前では考えられないことである。アジアから来訪の青年たちは、こんな日本の青年を見て、苦笑する。
代わって、ちえが杵持ちつき手になり、れいが合いの手になっての餅つきが威勢よく始まる。つき上がると、ちえがちぎってゆき、みんなで丸めていく。我が畑でつくった小豆・黒豆で、あんこ餅・豆餅をつくる。
あいのたん瘤というおまけがありつつの、一から十まで手をかけての作品である。感慨深いものがある。「こんなおいしいお餅を食べたことがない! ほんとうにおいしい!」と皆さんおっしゃる。大地・太陽に感謝。
翌日(昨年12月31日・大晦日)の朝、「朝日新聞見ました。おめでとう。明日(1月1日)よりももっとおめでとう。みなさん(ご家族)の笑顔が昌也さんの姿にふりかかるような写真ですね。今日は夫と長く話してしまいました」と神戸から、他に、奈良・大阪等からFAX届く。また「見たよ! 元気でうれしかった」と三十余年ぶりの大阪から電話の声をはじめ、遠方の東京等からや豊岡・養父など近在の方々からベルの音鳴り響く(私はインターネット、携帯等使わない)。
正月過ぎから、連日、「朝日新聞見た」と東京の筑波大学生、京都・神戸・大阪等、また近在から老若男女の来訪者つづく。
さて、その朝日新聞の記事であるが、月に一度、紙面一ページカラー写真入りで「環境ルネサンス」という特別企画で、ミナマタなど紹介されてきた。今回は、よみがえる限界集落と題され、私たちが紹介されている。「究極の自給自足」の大見出し、中見出しは「再生循環めざし『縄文百姓』の志」「世界から『体験居候』有機農業学ぶ」である。写真は、家族全員、農場全景、あい・れいの作業風景、ケンタの結婚式など、カラーである。
「20年ほど前、都会から兵庫県北部の山あいの集落に移り住み、自給自足の暮らしを始めた一家がいる。父と息子3人、娘3人の7人家族。田畑を耕し、家畜を飼い、パンを焼き、炭焼きに精を出して、獣の狩りに出る。バイオガス、水力発電で電気の半分をまかなう。身の回りの自然から、ほとんどの生きる糧を得る『身土不二』の暮らし。究極の持続可能な営みの中で、限界集落がよみがえりつつある」「食やエネルギーを他人任せにしたままの日本は崩壊寸前と考える。『縄文百姓』となって山村を復活させ、日本の再生を――。そんな思いをこめ、この場所を、子どもと地球の明日を考える『あーす農場』と名付けた」
「6人の子どもたちはよく働く。ケンタさんは通信制の高校を卒業したが、ほかの5人は高校を出ていない」
「年間延べ約300人の『体験居候』が訪れる。来訪者の国々を訪ね、子どもらは知見を広める」
「毎年、元日から断食を始めるのが習慣だ。縄文百姓の志は、念頭から揺るぎない」と論説委員の中村正憲さんは書く(詳しくは2006・12・31の朝日新聞を読んで下さい)。
有機でお米・野菜作っている京都の東さんから「大森さん! 新聞をコピーして、まわりの人たちに配っている。今日今頃の暖冬に改めて、縄文百姓に思いを馳せています。近くにお邪魔します」と電話がある。
それにしても『異常』である。例年なら白銀の世界が、樹々芽吹かんとし赤味帯びた山村の風景。
白菜は畑に在って黒い虫がいっぱい。烏骨鶏は、春まっ盛りとばかりに、黒と白の十一羽もヒヨコにかえす。しかし、白い五羽は死ぬ。残ったのは、黒四羽・白二羽。
「やっぱし、黒は太陽の光吸収して寒さに強い」とちえ。
隣町の百姓の寺田さんは「ツバメがやってきたと言うが、どこかで帳じりを合わせるんやろけど、こわいなぁ」と言う。こんな今日の地球環境破壊、危機的状況を前に、インドに亡命中のダライ・ラマは、「祈りも大切ですが、いまは、行動する時です」と言う。
あ~す農場
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