自給自足の山里から【96】「大猪と二時間闘う」|MK新聞連載記事

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自給自足の山里から【96】「大猪と二時間闘う」|MK新聞連載記事

MKタクシーの車載広報誌であるMK新聞では、縄文百姓の大森昌也さんらによる「自給自足の山里から」を、1998年12月16日~2016年6月1日まで連載しました。
MK新聞2006年12月16日号の掲載記事です。

大森昌也さんの執筆です。

大猪と二時間闘う

「うあ~、こりゃ~、モンスターや! こんなでっかい猪見たのは、はじめて!」と感嘆の声をあげるのは、我が石窯で焼いた天然酵母パンを買いに来た隣町出石の陶芸家・国村さんである。
若い猟師ケンタ(27)が、15日の猟解禁とともに、我が村のお山・床尾山(843m)の麓に箱罠を仕掛ける。
3日後18日、様子を見に行くと、箱檻の中、黒い物がうごめいている。ケンタは「おや? 熊が掛かったかな」と近付くと、「あっ!! 猪! でっけぇ!」と思わずうれしく叫ぶ!!

一緒に暮らし、12月2日には結婚式を挙げる好美さん(24)に、急いで「大きな猪が掛かったよ」と伝える。
好美さんは、隣のあ~す農場(100m離れた)に走り、パン焼きしていたりさ子さん(25)に「大きな猪よ! 豚くらいの大きさよ!」と、これまたうれしそうにしゃべっている。
「全くもう、妊婦(来年2月に出産予定)なのに」とあきれるりさ子さんも来年2月、猪がとれたとはしゃぐ好美さんと同じ日に出産予定である。「まあ、お似合いじゃ」とちえ(20)は苦笑する。
私は、つくし(2歳8ヵ月)に見せてやろうと連れていく。
檻の中で巨大な猪がこれでもかとばかりに猪突猛進!つくしは顔を引きつらせ「こわい!」と私にしがみつく。
大人三人でやっと運べる頑丈な畳一枚の大きさの檻も、なんと、丸く楕円形になった!山村に移住して23年になるが、はじめての経験である。立ち上がっての身長は1mを越し、体重も100㎏近いオスである。

さてケンタは、心臓がよく見えるように、左手で棒を差し出し、鋭い牙で咬ませ、槍を刺すが、皮膚硬く、ますます猛進繰り返す。
改めて鋭く槍先を研ぎ、挑戦する。なんとか倒す。実に二時間余りの“たたかい”である。
ワイヤーで足を縛り運ぼうとするが、動かない。パン焼きしていたげん(24)を呼んで、ようやく運ぶ。
家の前の小川で内臓取り出す。犬たち、ワンワンと盛んに吠える。こわごわ興味津々に見ていた九月からの「体験居候」の露乃さん(22)は、「まるで“もののけ姫”のシシ神やなぁ」。

やってきた隣町の猟師の佐々木さんは、「これはワタリといってなあ、ここらの山から山を渡り、年2回種付けしてまわっているんじゃ。この時期のオスは脂がのって一番おいしい」と教えてくれる。
一晩、川で冷やし、翌日解体する。丁寧に皮を削いで、腕、腿、ロース、バラ肉に切り分けていく。精肉にして50㎏を越す。このお肉はシシ料理として、ケンタ、好美の結婚式に出される。
お山の縄文以来の神様から、若き百姓への門出のおくりものである。式は、感謝していただくお祝いの場になる。
その場は、百年余の歴史を持つお山の小さな分校(朝来市立糸井小学校朝日分校)である。21年前、朝日新聞の中村正憲記者(現論説委員)が「朝日集落から人がいなくなる」と書いた記事を読んで、なんとか住する。8年間休んでいた分校が、教師一人にケンタ一人で再開され、「分校に春、ケンタ君来た!」と報道される。
「僕と山の生き物たち、自然との生活がはじまった分校。家の傷には思い出がある。分校も一緒。体育館や廊下には傷がある。もうひとつの小さな家なんだなぁ。そんな想いのある小さな家で結婚式をします」とケンタ。
「近頃、うれしいニュースひとつもないなかで、大変うれしいお知らせ。頼もしい若い世代の明日を拓く一家が誕生し希望が持てました。式には是非参加させて頂きます」などお便り届く。そんな中、悲しいニュースが届く。家族で作った本(注)の出版元の北斗出版の長尾さんから「今年末で廃業します」と。

昨年末12月9日に出版(2千部)以来、地元神戸新聞“脱サラし農村で自給自足”、読売新聞“自給自足20年、ありのまま”、フジテレビ“我ら百姓家族”やテレビ朝日でも山本健治さんが、また『週刊金曜日』で鎌田慧さんが紹介下さり、また最近、朝日新聞で「限界と思われた集落を救うのはやはり人間だ」と、毎日新聞でも「たくましく育つ子どもたちの姿は、子育てのヒントにもなる」など。おかげさまで11月24日現在で、残り百余部になり、11月末には第二刷されるだけに残念である。
愛知の方で、野宿者が殺されたとのニュースがとびこむ。悲しみと怒りがこみ上げてくる。大阪では、大阪市の野宿者排除に反対し活動する人たち五人が府警によって逮捕された。いつもあ~す農場の恵みを受け取ってくれている“おっちゃん”も、今、冷たい大阪拘置所にいる。「おっちゃん、年令やからなぁ。大丈夫やろか」と心配するあい・れい(17)。
冷え込み厳しいと、お山はきれいに笑う紅葉。やがて、枯れ、落ち葉がさみしくも、大地を豊かにする。「おっちゃん」は元気だと連絡入り、みんなホッとする。

(注)『自給自足の山里から』大森昌也著(北斗出版/税込1,680円)

 

あ~す農場

〒669-5238

兵庫県朝来市和田山町朝日767

 

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MK新聞への「あ~す農場」の連載記事

1998年12月16日号~2016年6月1日号
大森昌也さん他「自給自足の山里より」(208回連載)

2017年1月1日号~2022年12月1日号
大森梨沙子さん「葉根たより」(72回連載)

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